メデューサさんは涼みたい
暑い。いや、熱いと言ってもいいかもしれない。
照りつける太陽、息苦しくさせる空気、不快にしかさせない熱風……三拍子揃ってろくでもない。
「あ、あづい」
「うん」
メデューサさんと髪の蛇はダウン中だ。上半身を脱いで下着だけになり、スライムのように溶けていくようなイメージでだらしなくソファに座り、スカートが意味もない程に脚が露出している。肌のあらゆるところから汗が滲み出ているのが分かる。
そう、今は夏なのだ。あらゆる若人や家族が待ち望む楽しい楽しい夏の突入。
でも、メデューサさんは楽しくなさそうだ。
「なぁ……なんでいつもいつもこの地はこんなにあっついのだぁ……」
「蛇だった頃はどうしてたの?」
「んぅ?あぁ……水辺に近い日陰でひたすら耐えていた」
「ゆうあーさばいばー」
「そうだなぁ……あぁああ……」
ボケても反応が薄い。相当キツそうだ。
なら、"あれ"を出そうかな。
「確かこの辺に」
寝室の押入れに入れていた、暑い夏を乗り切るためのアイテムを今こそ利用する時。
「んー?……なぁんだそぉれわぁあ……」
「扇風機」
「せぇんぷぅううきぃ?」
カバーを脱がせ、埃を払う。一年程放置していれば、そりゃ埃まみれになるよね。
ある程度埃が落ちたところで、コンセントを電源プラグに差し込んだ。風の強さはとりあえず弱にしよう。
「おー、涼しい」
熱すぎた体に、冷えた水がかかったような気分だ。流れている汗が風で後ろに飛んでいくのが分かる。あー、気持ちいい。
「メデューサさんも……あら」
白目を向いて、喉を思いきり絞ったような声を上げている。水分取らないからこうなる。
涼しい風を当ててあげよう。
「……な、んだ……精霊の風か……」
違います。電気的な風です。
「はい、この水飲んで」
「お、おぉすまないーーーーープハァ!この心地良い風といい、我は生き返ったぞ!」
「それは良かった」
「それで……なんだその道具は」
メデューサさんは興味津々で扇風機をベタベタ触っている。三つの羽根が回転しているのに、興味本意で指をいれようとしている。
「あっいたっ!おい貴様!たかが人間の道具の分際で我に牙を向けるか!」
扇風機に喧嘩売ってるよこの人。自分のせいで羽根に指が当たって痛めただけだろうに。
「い、いかん、頭に血が昇ったせいでまた力が……おい、もっと我を冷やせ!」
「あいきた」
よし、一気に強にしてみよう。
「お、なんと涼しい風が……か、ぜが、ぁあああああああっ!」
弱とはまったく違う強い風がメデューサさんに襲い掛かる。まるで、理不尽な因縁をつけられた腹いせのように。
「こ、こんなかぜぇ!我が屈服するとで、もっぉおおおおおおうおぉおおおおっ!」
スカートが激しく踊っている。下着も勢いで取れてしまいそうだ。そろそろ止めておこうかな。
「あ、間違えた」
「え?ちょ、ちょ、ちょぉぉぉおおおおおおまってぇええええっ!」
間違えて特強を押してしまった。あー、メデューサさんが飛ばされそうだ。
「も、もおおおいいいからぁあああとめろぉおおおおおおっ!」
扇風機が起こす風の中で声を発しているせいか、震えた声で耳に届く。うん、止めましょ。私は扇風機の停止ボタンを押した。
「はぁ……はぁ……死ぬかと思った……」
「大丈夫?」
「大丈夫ではない!まったく……髪がボサボサがないか」
「ごめんね、整えてあげる」
「頼む蛙」
綺麗で整った髪は風のせいで崩れてしまった。あれ、蛇がいない。
「もしや、我の蛇を探しておるのか?安心しろ、咄嗟に普通の髪に変えてやった」
「流石」
「だろ!」
胸を張ると同時に、髪の蛇は元気に合唱しだした。櫛で整えているのに、シャーシャーうるさいから集中出来ない。
「はい、終わったよ」
「うむ……また暑くなってきたな」
「扇風機つけるね」
「弱いやつでな!絶対だぞ!」
フリかな?とりあえず弱設定にして、ボタンを押した。微かに涼しい風が私達の体温を下げてくれるけど、メデューサさんはまだ暑そうだ。
「かき氷でも食べる?」
「なんだ?それは」
扇風機が入っていた押入れにはかき氷機もあったはずだ。私は押入れに潜り込み、ペンギン型のかき氷機を取り出した。
「な、なんだこの生物は!」
「機械だよ」
「デンワやネットの仲間か!」
「合ってそうで合ってない」
とりあえず、ペンギン頭の蓋を取って、中に氷を入れる。後は蓋を被せて、横についているクランクを回す。ゴリゴリと氷が砕かれる音が聞こえてきた。
「おぉ!おぉおお!氷が塵となって出てきたぞ!」
メデューサさんが何やらウズウズしてる。
「やってみる?」
「いいのか!?やるやる!」
やらせてみることにしたけど、不安しかない。メデューサさんはぎこちなくクランクを握り、ゆっくりと回し始めた。
「ど、どうだ!出てるか!」
「ちょっとだけ」
あまりに慎重なせいで、サラサラァ……と少量しか出てこない。まるで摘まんだ塩を振り撒いてるみたいだ。
もっと早く、と言いたいところだけど、メデューサさんが強く回したら破壊してしまいそうだ。やっぱり私がやろう。
「私やる」
「なに!?待て待て我がやるからしばし待て!」
「やる」
「あんっ!」
メデューサさんを強引に押し退けて、私はクランクをスムーズに回し始める。床で倒れて「ひどいや……ひどいや……」と言っている人は放っておこう。
少しして、二人分のかき氷を砕き終わった。後は買っておいた練乳をかけて、完成。
「メデューサさん、出来たよー」
「待ったぞ!凄く待ったぞ!」
「はいはい、出来たから一緒に食べよ」
ちゃぶ台に置くと、鼠のような素早さで置いたかき氷の前に座った。相変わらず、暑かろうと寒かろうとお腹を満たす物があれば動きが早いな。
「丸のみは駄目だよ」
「な、何故だ!」
「味わって、食べよ。はい、スプーン」
「う、うむ……どうもこの道具は苦手だが、まぁいいだろぉ」
スプーンを、まるでシャベルを持つように握り、掘り出すように食べ始めた。
「う、う……」
「う?」
「うまぁぁぁああっい!肉に勝る美味しさだっ!」
メデューサさんの心は踊っているように嬉しいのか、ゆらゆら揺れ動いている。
「なら、良かった」
「よし、まだ残りはあるのだよな!」
「うん」
「よぉぉっし……全て我が食ろうてやろう!はっはっはっはっは!」
バクバクと豚のように食べ出したメデューサさんは、次々と余ったかき氷も食べ、あっという間に食べ終わってしまった。
私の分まで食べられてるんだけど。まぁ、いっか。そろそろ天罰が下るだろう。
「いやぁ、食った食っ……ふぐぅおっ!?」
お腹を押さえ、内股になり、悶えている。お腹からはヒヨコでも飼ってるんじゃないかと感じる程、ピィーピィーと鳴っている。
「お、おのれぇ……食べ過ぎ、たーーーーーあ、もう限界。うぉぉおおおおおおおわぁぁあああああっ!」
猛ダッシュでトイレに駆け込む後ろ姿は、とてつもなく怪物には見えず、ただの食べ過ぎでお腹を壊した人だった。
トイレから聞こえる阿鼻叫喚をBGMにし、私は窓を見た。
射し込む夕焼けの色とセミの鳴き声が、今年も夏が来たことを改めて感じさせてくれる。
今までは一人だったけど、今年はどうかな。何かーーーーー変わるかな。
「かぁあえぇぇえるぅう……た、たすけてくれぇぇええ……」
蚊の鳴くような声で助けを求めてきた。しょうがない、薬持っていこ。
今年の夏はどうなるのか、期待と不安を膨らませながら、私はメデューサさんに薬を持っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます