メデューサさんはおつかいに(2)
「なーんだ!そういうことでしたか!」
「あぁ……情けないところ見せてしまったな」
「いえいえ!事情も把握したので、全然大丈夫ですよ!……ぶっちゃけ引いたけど」
「な、何か言ったか?」
「なんでもありませんよ!」
あれから、この女に経緯を説明したところ、カレーの材料を一緒に探してくれる上金まで代わりに払ってくれるというのだ。
この女もいいやつだ。そうに違いない。……どこか、誰かの雰囲気に似ているように思えるが。
「えっと、ミドリさん、でしたっけ?」
「そうだ!我の名はミドリという!お前の名前はなんというのだ?」
「私ですか?スズメ、と言います!」
「スズメか、よし覚えたぞ。さて、まずは材料の調達だが……」
「それなら……ほら!見えてきましたよ!」
スズメの指さす先を見ると、"リオン"と大きく書かれた建物が目に入った。扉からは様々な人間が行き交い、非常に賑わっていることが伺える。
「ここは……なんだスズメ」
「えっ、知らないんですか?」
また白い目で我を見るな!知らんもんは知らんのだ。まぁ、恐らく材料を調達出来る所なんだろうが。
「し、知らなくて悪かったな!」
「あ、いえいえ!あまりに世間知らずでドン引きして……じゃなくて、スーパー知らないって珍しい方だなぁ、と思っただけですよー!」
世間知らずと言ってるじゃないか!はぁ……まぁ、ほんとのことなのだが。
買い物はコンビニとか言う場所にしか行ったことないからな。それに蛙の付き添いで。買い方は勿論のこと、どんな食材があるかなどまったく分からん。
「えっと、カレーでしたよね?なら、じゃがいも、人参、玉ねぎ、豚肉……」
次々と材料の単語がスズメの口から呪文のように発せられていく。よくメモもないのに言えるものだ。人間にとってカレーとは作れて当たり前な食い物ということか?
「……よし、だいたい買うのは決まりました!ミドリさんはついてきてください!」
「あ、あぁ……って、な、なんだここは!」
扉の先には、コンビニなんかちっぽけな存在と思える程の広さをしており、我を圧倒した。我がかつて住処にしていた神殿より広いんじゃないか?
色とりどりの食材の他、様々な雑貨が至るところに置かれている。それは見たところ無数、数えきれない量の物がそれぞれ埋め尽くしている。
「もしかして……スーパーも来たことないんですか?」
「う、うむ……」
「ほんとに何も知らないんですねぇ。それなら、今日は私に全部任せて下さい!ミドリさんは見てるだけということで!」
「あ、あぁ……すまんが頼む。この使いを成功をさせるためには藁をも掴みたい気持ちなのでな」
「私藁ですかそうですか」
「あ!ち、違う!本当に感謝している。使いの代わり、よろしく頼む」
「えへへー!了解です!どーんと、任せて下さい!」
固めな篭を持ち、スズメは次々にカレーで使うであろう食材を篭の中へ入れていく。迷いはなく、慣れた動きで次々に。
場所も把握しているのか、迷った素振りをまったく見せず動き回っている。
ついていくのが精一杯だ。人混みもあり、少々ふらついてきた。くっ、我ながら情けない。体力が落ちたということか?
「おっと、どうしたスズメ」
不意に手を引かれる。蛙とは違い、内が暖かく、外が冷たい。
「いいえ、でも慣れてない場所だろうからフラフラしちゃうかなぁって」
気遣いというやつか。蛙もそうだが、こんな世界にも良いやつがちらほらはいるものなのだな。
「会計したら休憩しましょうか!この店にある喫茶店の紅茶が美味しいんですよー!」
き、きっさてん?紅茶は分かるが、それを提供する店があるということか。確かに我の意識も朦朧としてきた所だ。その、きっさてんというやつでしばし休憩といこうじゃないか。
スズメに金を払ってもらい、スズメの案内できっさてんにたどり着いた。
周りとは違う雰囲気だ。他が鉄や加工された壁なのに対し、ここは全て木造で独特の空気を漂わせている。
「勿論おごりますので、ゆっくりしていきましょ!」
「あ、あぁ……って、急に引っ張るでない!」
スズメに手を引かれ入った中は、心地良い木の香りが漂い、落ち着いた音楽が小さな音で鳴っている。
入り口付近にある梟型の時計の指針が動く度、外とは違う緩やかな時が流れていることに実感出来た。
「お客様、何名様でしょうか?」
「二人です!」
「かしこまりました。あちらの席へどうぞ」
通された場所は奥で、木の香りが特に鼻に入ってくる。
「座りましょっか」
「うむ」
「ご注文は何に致しましょう」
ここの召使いなのだろうか。やけに丁寧でよそよそしい。
「アップルティー一つ!ミドリさんは?」
「何をだ?」
「注文。何か飲みたいものや食べたいものがあれば頼めるんですよー!」
「食べたいものだと!?」
なんだ食事が出来る場所であったか。しかもなんでも頼めるとは……なら!頼むものは決まっている!
「召使いよ、焼き肉を頼む」
「え、えっとですね……」
「あはは……この人少し変わってるんですよー。えっと……あ、このデミグラスハンバーグでお願いします!ミドリさんもそれでいいですよね?」
「それは……肉か?」
「肉」
「よし!召使い!それを頼む!」
「か、かしこまりましたぁー」
苦笑いで店の奥に隠れてしまった。本当に肉が来るんだろうな?
「ミドリさん」
「ん?」
「改めて、助けて頂き本当にありがとうございました。あの……とても、格好良かったです」
あぁ、あのことか。別にあれくらいなこと、気にしないのだがな。……止む終えず礼をしてもらったが。
「いや、気にせんでいい。それ以上に我はここまで尽くしてくれたスズメに感謝しているのでな。礼を言うのは我の方だ」
「そんな!でもそれなら……そういうことで。えへへー!」
蛙とは違う眩しい笑顔をよくする女だな。容姿も端麗。さぞ、男共に魅了を振り撒いてるのだろうな。
実際、三人の男逹に言い寄られていたからな。
「ミドリさんは旦那さんのおつかいだったんですか?」
「あぁ、おつか……だ、旦那!?」
「はい。こんなに綺麗なら、結婚してて、そのおつかいかなぁ、と。本来は逆だろうけど」
旦那などおるか!いるのはーーーーー駄目だ、にやつく。
「わ、我には旦那などおらん!……ある女は愛しているが」
「そうですかぁ……え、あ、じょ、女性をっ愛して!?」
「おぉ!?な、なんだいきなり」
突然立ち上がり、身を乗り出して顔を近づけてきおった。我がおかしなこといったか?
「お待たせしましたー」
流れを引き裂くように現れた召使いは、容器に入った飲み物と我が頼んだものであろう肉を台の上に置いた。
これは……肉なのか?随分丸いな。
「と、取り乱しました。どうぞハンバーグ食べてください」
「では、遠慮なく」
手掴みで口に放り込むと、口の中で肉汁が染み渡っていった。肉の甘味や油が絶妙に絡み合い、我の体はそれに照応して踊り出しそうだ。まぁ、つまり。
「ーーーーー美味っ!」
「よ、良かったぁ。……口に放り込むってどういうこと……そ、それでミドリさん」
「ん?」
「あ、あ、ああああああいしてるじょ、じょじょ、女性というのは、だだだだだだ誰なんんんですか?」
容器を持つ手が震えるだけでなく、口まで震えておる。何言ってるかよく分からんぞ。
「落ち着けスズメ」
「あ、す、すいません……数少ない同士なのだと……い、いやいやそうじゃなくて!」
「だから落ち着けスズメ。聞き取れなかったから、もう一度頼む」
「……も、もういいです」
今度は凹むように俯きだしたぞ。なんとも変わった女だ。
「そういえば、スズメはあそこで何をしていたんだ?何か用があったんじゃ?」
「あ、そうです!ですが、そんなに急ぐことじゃないので大丈夫ですよ」
「そうか」
「……姉と久しぶりに会ってまた二人で暮らす、それだけですから」
顔を赤らめ、何か愉快なことを思い出しているようにニヤニヤしている。
姉、か。我にも姉はいたが、もう随分も見ていない。当たり前だがな。生きてはいるだろう、不死なのだから。我もいつか会いたいものだ。
……なにやら、この女の笑顔は少し暗黒を帯びているようにも見えるが。
「さて、そろそろ行かねば。我の使いは帰るまでが使いだ。……蛙だけに」
「は?」
「その白い目止めて。凹む」
そうして、我々はキッサテンを出るのだった。
*
「姉と会うまでミドリさんに付いてきて頂けるなんて……嬉しいです!」
「気にするな。礼は礼で返すものだ。それに、スズメの美貌は周囲の男に無意識で魅了を振り撒いている。また変な輩に襲われないよう守ってやろう」
「み、みりょう?あ、えと、ありがとうございます!……まるで、姉さんみたいで素敵です」
いつの間にか夕陽が落ちかけ、辺りが橙色で染まる時間になってしまった。
我と似た姉か。それはきっと美しく猛々しく輝いた誰もが恐れる存在なのだろう。
「姉は格好よくて、強くて、いつでも守ってくれるし、悩みも聞いてくれるて、それに……可愛いくて黒いんです」
随分素晴らしい人間がいたものだ。やはり、まるで我のような……黒いってなんだ。
「おぉーい!スズメー!」
「む」
こちらに手を振る人間は紛れもないーーーーゴキブリ女だ。
「何故貴様がこんなところにいる?スズメを誘惑するのであれば我が許さんぞ」
「なんであんたがここにいるんだか……まぁいいや。というか、ここは私の店の前なんだから居てもおかしくはないだろう」
よく見ると、こいつの店であるゴルゴンの前だった。何度見ても忌々しい。
「だ、だが、我は今スズメを守護するものだ。そこをどけ!どかぬなら、実力行……し……」
「ーーーーーお姉ちゃんっ!」
我を無視し、ゴキブリ女の方へ飛び込んでいった。ど、どういうことだ?
「久しぶりだな、スズメ。元気してたか?」
「うん!カラス姉さん!」
「そ、その名前は止せって言って……はぁ、まぁいいか」
ま、まさか、ゴキブリ女の……。
「信じられないような顔をしているところ申し訳ないが、私がスズメの姉だ」
「妹です!」
まさかだった。まさかこいつの妹だったとは……。何やらスズメがゴキブリ女に耳打ちしている。
「そうか、なるほどな。おい雑草!」
「なんだゴキブリ!」
「ありがとな。スズメを助けてくれて」
……なんだ、礼か。身構えた我が馬鹿だったようだな。
「いや、我も助けられたからな。礼を言うのはこちら……」
「に!しても、泣きべそかいたあげく買い物も代行してもらい金も全て工面してもらったとはな!」
「なっ!?」
「いやぁ、雑草はまさに雑草のようなんだなぁ、と」
「くそぉ……よし、今ここでころーす!貴様ころーす!覚悟しろゴキブリ女がぁぁあああっ!」
「ははは!冗談だよ……ほれ、お迎えが来たぞ」
後ろを振り返ると、見慣れた大好きな人間が歩み寄ってくる。
「ミドリさーん、やっと見つけたー」
気付けば、随分時間が経っているはずだ。待たせてしまったのだろう。
「す、すまん!色々あってだな……」
「蛙ちゃん!こいつのことは叱らないであげてくれ!こいつは良いことを……」
「ばっ!恥ずかしいから言うでない!」
「そっか、ミドリさんの愛してる人って……蛙さんかぁ!」
「姉妹揃ってやめぃ!」
誰か止めてくれ!恥ずかしい通り越して首切れそう!
「んー?よく分からないけど、ミドリさんは頑張ったってことだね……よしよし」
へたれこんだ我の頭を優しく撫でる手に、恋心を抱くほど癒されてしまった。
「姉さん、私にもして?抱きしめもオプションで!」
「あ、相変わらずだなスズメ。お二人さん、そろそろ日が沈むから早く帰れよ!またな」
見ると、橙色から暗い色になりつつあった。
「帰ろっか」
「……あぁ!帰って肉だぁぁああああああっ!」
「カレーね」
そして、帰宅してから食べたカレーという食べ物は、一日の疲れを吹き飛ばす程の美味しさで、我の大好物になったのだった。
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