メデューサさんはおつかいに(1)


「メデューサさん」


「なんだ?」


 当たり前のようにソファで脚を組み、私のスマホで電子新聞を見ている。まるで仕事が出来る人みたいだ。手はたどたどしく、使いこなせてはいないようだけど。


「買い物頼める?」


「買い物?」


 キョトンとした表情のメデューサさんに、私は買い物リストと書いたメモ書きを手渡した。


「なになに……人参、玉ねぎ、じゃがいも、角切り豚肉、ルー、米……なんだこれは」


「材料」


「何の」


「カレー」


 私はカレーが食べたい。突然思い付いたのだ。カレーって、無性に食べたくなる時あるよね。


 メデューサさんは苦い顔をしている。


「かれぇ?……なんだそれは」


「茶色くてドロッとしてて美味しいの」


「むっ、そ、そんなに美味しそうには聞こえないが……まぁ、いいぞ。これくらいメデューサ様にかかれば朝飯前だ!」


 メデューサさんは立ち上がり、意気揚々と準備をし出した。準備と言っても、髪の蛇を普通の髪に変えて、服についた埃を払ってるだけだけど。以前ゴルゴンで買ってあげた服を着てるのを見ると、なんだか嬉しいな。


 本来は私もついていくべきだけど、今回は掃除もしたいしカレーを作る準備もしなきゃだし、色々と忙しいのだ。


「一人で大丈夫?」


「ふっ、我を誰だと思っておる。泣く子も黙るメデューサだぞぉ?使いなどパパっとこなしてきてみせよう!はっはっは!」


 と、自信満々で買い物に出ていったのだった。


 心配だ。だけど、私にはやらないといけないことがあるし、まずはそれからだ。


 無事に買い物をこなしてくれること祈ろう。








 ーーーーーない。


 ないないないないない!


 蛙から渡された紙が……無い!


 どうする我、我どうする。くそお、汗が止まらないぞ!


 冷静になれ、きっと近くに落としただけだ。ゆっくり探せば……。


「ーーーーーない、ぞ……」


 本当に、無い。完全に消失してしまった。


 我は使い一つ出来ぬというのか!駄目だ、また涙が溢れてくる。


「堪えろ我ぇぇぇえっ!」


 道の真ん中で何かが弾ける音が響く。無論、我が我の頬に張り手をしたのだ。


 痛い。流石は我の筋力。ってそんなこと言ってる場合ではない。


「どうしたものか……ん?」


 四苦八苦していた所、近くで黄色い悲鳴が耳に入ってきた。


 悲鳴の先は公園か?蛇になっていた時よく寝床にしていた。


「おぉおぉ、また典型的なやつらがおるおる」


 見ると、蛙くらいの背丈の女が柄の悪い男共に囲まれている。この時代でも、こういう輩は無くならないのだな。


「ねぇねぇ嬢ちゃん、一緒に楽しいところ行こうよ」


「あぁ、悪いようにはしねぇよ。ただ、黙ってついてくりゃそれでいい」


「可愛いぜぇ……なぁ、俺もう我慢出来ねぇよ」


「い、嫌!近寄らないでください!」


 女は逃げようにも、囲まれているせいか逃げられず縮こまっている。


「いいから!来いって言ってんだよ!」


「嫌ぁああっ!離してっくださいっ!」


 細い腕を強引に掴まれ、今にも誘拐されそうな勢いだ。


「真っ昼間から盛んな輩だ。ま、人間がどうなろうと、我には関係が……」


 その時、蛙が我を助けてくれた光景が脳内で広がった。


 そうだったな。我はーーー人間に助けられたのだったな。


「しょうがない、どれ」


 怒鳴り散らしてさっきから騒がしい輩に近付く。デカイ声程馬鹿野郎ってことだな。


「だ、誰か!誰か助けてっ!」


「こんのっ!大人しくしろや!サツ呼ばれるだろうが!」


「おい」


「ぁあ?なんだてめ……ーーーーーーーっ!?」


 とりあえず腹に拳を入れてやったが、心臓を潰すところだったぞ。蛙からは、人間は殺さずに、と言われているからな。加減が難しい。


「たけちゃん!てめぇ……ババァが!調子乗んじゃねぇぞ!」


ーーーーーーーほう。


「くらえや!おらぁああっ!ーーーーーぶふぉっぁあああっ!」


 殴りかかってきたが片手で受け流し、水車のように一回転させた瞬間、頬目掛けてタイミングよく廻し蹴りを放った。


 男は吹き飛び、遠くに転がり泡を吹いている。はっ!ババァと抜かしたからそうなるんだ!ったく人間は身の程知らずにも程がある。


「まっちゃんまで!……ひっ!」


 最後の一人は怯えながら硬直しているだけ。我は頭を鷲掴みにし、顔を近づけこう言った。


「なぁ、貴様はどうされたい?脳髄をしゃぶり尽くされたいか?全身の血液を抜いて干物にしてやろうか?それとも、貴様を石に変え、全身をバラバラに砕いて一生そのままにいさせてやろうか?ーーーなぁ、人間」


「あ、あ、あぁあああっ!す、すいませんでしたぁあああああっ!」


「う、うめちゃん、まって」


「ほら!忘れもんだ!持ってけぃ!」


 悶えている二人を抱え、逃げる一人に向かって投げ飛ばした。そして三人は、鼠のように逃げていった。


 まったく、なんと呆気ないものだ。


「あ、あの……ありがとうございます!」


 女は蛙くらいの身長か。首まで伸びた短めな白色の髪で、細身な体になにやら太陽の光すら凌駕しそうな明るく眩しい白の衣に身を包んでいる。ゴキブリ女の店にもあったような……わぁんぴぃす、だったか?


「構わん。にしても、今時あんなやつらが存在するとはな。いつの世も乱れておるわ……って、なんだそれは」


 女は両手に紙切れを乗せ、眩しいくらいの笑顔で差し出してきている。


「お礼です!千円しか今はないけど……感謝の気持ちを!」


 あぁ、紙幣というやつか。金貨のようなものだったはず。こんなことで金貨を受けとることなどありえんわ。ましてや、我のような高貴な存在は特にな。


「いらん。取っておけ」


「ほ、本当に、いいんですか?」


「あぁ、気にするな。こんなことで礼をされていたら、メデューサの名が地に落ちる」


「メデュ?」


 あ、しまった……外での我はミドリだった。


「め、メデュなんとかではない!ミドリという!ミドリさんと言え!」


「は、はい!ミドリさん……あ、で、でも!何かお礼をしないと私の気が済まな……」


「えぇい!いらぬと言っとるだろうが!ほら、私は忙しいんだ。ではな」


「わ、わかり……ました。本当に、ありがとうございました!」


 頭を下げるな下げるな。さて、使いの続きをーーーーーーーあ。



 そうだったぁあぁああああっ!材料を記した紙を落としたのだった!


 そういえば、金貨が入ったサイフなるものも渡されたはず……嘘、だろ?


 ないぞ!これもない!ーーーーーあぁ、蛙に怒られる。泣いちゃう我。


「あのぉ!本当に、ありがとうございましたぁあっ!」


 またあやつか。構っている暇などないというに!まったくどうしたら……。




 ーーーーーーん?お礼?




「うぉぉぉぉぉおおおおおおおっ!ちょっとまてぇぇぇぇえええええいぃぃいいいっ!」


 北風の突風、はたまた神の息吹とも呼べるだろう速さで、我は汗だくになりながら走った。


 無論、先程助けた女の元へ。


「ど、どうしたんですか!?そんな息を切らして!」


「ハァ……ハァ……た、たす」


「たす?」


 プライドなど、ゴミのように捨ててしまえばいい。それが、今唯一救われ、解決する手段なのならーーーーー。






「た、た、助けてくだしゃい……ひっくっ……おねがぁい、しま、っす……うぅ」


 泣いた。涙が止まらない。胸を張って使いを受け入れたものの、失敗に失敗を重ね、蛙ではない別の人間の女に助けを求めるとは。しかも、さっき礼なんかいらん、とか言っちゃったし。


 あぁ、照りつける太陽が我を笑っているように聞こえてくるようだ。


 笑え笑え。だがな、この女は我に対し恩を感じているはずだ。太陽に負けない輝いた笑顔で、きっと我を助けてく……。




「ーーーーーーーーは?」


 まるで、ゴミを見るような見下した目付きと表情で我を見ている。


 ……太陽よ、我はどれだけ泣けばいいのだろうな?

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