メデューサさんは想い更ける
我の名はメデューサ。遥か昔、この地ではない場所で生き、怪物に変えられ、最後は寝首を切られ死んだ哀れなやつの名だ。
だが、我は生きていた。一匹の蛇として。
首を失った分力はほぼ無くなり、そこらにいる土臭い蛇と同じ存在になったのだ。そして、最後の力を振り絞り東の地へ転移し、途方もない時間をただの蛇として過ごした。まったく、我は本当に愚か者だな。
そんな我は今、蛇田蛙という同じ愚か者と暮らしている。いつも通り、蛙は寝息を立てて私の隣で寝ている。寝顔が姉に似てとても可愛らしい。
我が何故人間と暮らしているのか。それは、蛙の願いを叶えるため。
ーーーーなんて、それは建前だ。
本当の理由は、我ながら愚かで馬鹿馬鹿しいに尽きる。どんな化物や怪物、神すらも笑って指をさすだろう。
ーーーーーーーー我は……こいつのことが好きになってしまったんだからな。
分かっている。理解は十分に。だが、あの時助けられた優しさと温もりが忘れられず、その気持ちが消え失せない。
我が人間体に戻れるだけの力がもうじき回復してくるだろう頃、無数の冷たい雨に打たれ、蛇の体は凍えきっていた。
土に潜ろうとするも体は停止したように硬直し、ただただ雨に打たれ続け体温を低下させていくだけだった。
このまま我は凍え死んでしまうのだろうか。またどうしようもなく哀れな死を味わってしまうのだろうか。
こんな世界、無くなってしまえばいい。人間もろとも、消え去ってしまえばいい。憎き神に祈ればこの願いは成就してくれるのか?這いつくばって頭を下げれば、我の願いは受け届けてくれるのか?死の間際は、そればかり考えていた。
「蛇さん、大丈夫?」
声のする方へ目を向けると、それはどこか頼りがいのない呑気な顔の人間の女だった。
女は、無地の布を取りだし、我の体を拭い始めた。下等な人間に触れられること自体、我にとって許しがたい行為だ。拭られている間、この女を殺すことしか考えられなかった。
だが、次第にその殺意は暖かさに上書きされていった。
優しく、丁寧に拭われ、柔やわな手で撫でられた体は、体温が上昇していくように感じていく。
ーーーー心地良い。とても、気持ちいい。
こんなことをしてくれる者はいなかった。人間は皆、我を恐れ、石を投げ、蔑んできた。優しさなど、我は感じたことがなかった。
常に孤独。誰も助けてなどくれない。同じ種族だろうとも。
我は、永遠に続く孤独を何年、何十年、何百年、何千年と……終わることの無い苦しみを味わってきたのだ。
「はい、風邪ひかないようにね。ばいばい」
最後に女は、持っていた蝙蝠のような道具を我の体を覆うように置いた。おかげで、雨はあまり当たらず、体温も維持出来た。
雨の中駆けていくその後ろ姿は、見失うまで我の目が離れなかった。いや、離してはいけなかったんだ。あの一瞬で、心は惹かれていたのだから。
そして翌朝、我は力を無事取り戻し、人間体になったのだった。そういえば、犬を連れた年寄りが我の裸体を見て驚いておったな。恥ずかしくてまた死にかけるところだった。
蛙は私にとって、命の恩人であり、好意を抱かざるおえない存在だ。
伝説の最悪最低な怪物と謳われ、そして人間に殺された我が、何故こんなにもあっさり好意を抱いてしまったんだろうな。
ーーーーーふっ、知らん。知りたくもないな。
願いは叶える。だが、本当に叶えられるかは分からない。
何故なら、蛙の願いはーーーーーー。
「……母の蘇生、か」
思わずつぶやいてしまった。それ程、難しい願いだからだ。
はっきり言って、我の力で人体の蘇生は出来ない。だから、願いは本質的に叶えられない。
今の我に出来ることと言えば、一つしかない。
そう、側にいてやることだ。
どんなことがあっても側にいてやる。何があっても隣にいてやる。いつまでも、寂しさを消してやる。
ゴキブリ女も言っていた。
「蛙のこと、頼むぞ。あんたがいったい何者なのかは知らんが、蛙はあんたのことを凄く慕ってる。蛙は……昔……」
「知っている。全てな」
あぁ、全て知っている。全て見たのだ。全てを……な。
我に任せろゴキブリ女。蛙は我がいつまでも見守ってやる。
例え、拒絶されようとも。
「……んぅ……メデューサさん、起きてた、の?」
「あぁ、目が覚めてしまってな」
どうやら、ずっと見つめていたせいか、起こしてしまったらしい。
あぁ……とても愛らしい。抱き締めていたい、ずっと。
「メデューサ、さん?どうしたの?」
「いいや、ただ蛙の体温を感じたくなった」
「なにそれ、気持ち悪い」
「気持ち悪いとはなんだ!気持ち悪いとは!また……泣いてしまうぞ」
「それは勘弁。うん、いいよ、また一緒に寝よっか」
「あぁ、まだ……このままでいさせてくれ」
「ーーーーうん」
肌と肌が触れ合い、熱が皮膚を通して伝わってくる。抱き寄せられ、包まれる我の頭は、なんと暖かいことか。脚も絡ませ、体と体は溶け合っているよう感じる。
もう一度言おう、我は蛙が好きだ。
性別が同じ?はっ!そんなの関係ない!好きになったものを、好きと言わずなんと言う! ……ま、まぁ、実際に言うのは歯痒いが。
これからも見守っていこう。この世界は憎いが、蛇田蛙という女を愛してしまったのだから。
そして再び、夢という海へと深く深く沈んでいった。
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