メデューサさんは服がない(2)
「ったく、なんなんだあの人間!」
「落ち着いてミドリさん」
「落ち着いていられるかっ!……蛙よ。お前、気が知れた知り合いがいたのだな」
メデューサさんは寂しそうな目でこちらを見てくる。ただ、寂しいという感情だけではない気も感じる。
「さて、私の服を調達するのだったな。どれ、蛙が選んだものをここに持ってくるのだ」
「なんでもいいの?」
「勿論良いとも。我と蛙の仲だからなぁ……どっかのゴキブリ女よりよっぽど仲がいいぞぉ!はぁーっはっはっは!」
わざとクロさんに聞こえるようにクロさんのいる方向へ向いて大声を上げた。クロさんを見ると、やれやれ……と言っているように呆れ顔で顔を横に振っている。
まぁ、無理もないよね。
「うん、集めるから待ってて」
「うむーーーーーん?あ、集める?」
非常にスタイルの良い体つきをしているのだから、もっと色んな服を着るべきだ。
私は燃えた。メデューサさんに似合う服の選定に。いつもより体が軽く、疾風の如く私の体は素早く動く。
「お、おい……そ、そんなに着るとはいってな……」
動揺するメデューサさんは放っておこう。
数々の服をメデューサさんの目の前に積み上げていき、気付くと山のようになっていた。
「持ってきすぎだ!こ、こんなに着れんぞ……五つでいい、それくらいなら着てやる」
「えー」
「えぇ、じゃない!さっさといらんもんは戻してこい!」
私は渋々五着に絞り込み、メデューサさんの目の前に並べた。
「やはり……着なきゃだめか?」
「駄目。それと、最後には何が欲しいか選んでね。その部屋で着替えられるから」
「う、うむ……」
メデューサさんは、重い足取りで試着室に入っていった。カーテンの閉め方は分からないだろうから、私が閉めておこう。
一着目は私も過去に着たことがある万人需要のある服、セーラー服だ。これはどんな男性もイチコロだろう。
「い、いいぞぉ……着方に手間取ってしまったが」
合図と共に、私はカーテンをゆっくり開けた。
「ど、どうだ?似合う……か?」
可愛いーーーーただ、その言葉に尽きる。
服を膨張させる盛り上がった胸のおかげで下乳があらわになり、おまけにへそまでチラチラ見えている。スカートも短めなせいか今にも中が見えそうで、ついでに履いてくれているニーソックスが更にエロさを加速させている。
これはいけない。いけない格好だ。
「おい蛙、呆けた顔してどうした?」
「みどりさんかわいい」
「な、なんだいきなりっ!?に、似合っていたか?だが、妙に動きづらい。これは却下で」
「えぇ」
「我が儘言うでない!ほれ、次だ次!どんどん着ていくぞ!見ておれ!」
どうやらテンションが上がったらしい。メデューサさんは次々と用意した服に着替えていった。
「これは……動きやすいがどうも苦手だ。は、裸の気分……」
二着目はスクール水着。際立った胸は勿論のこと、背や括れのラインが体のフィット感が高い分、よりいやらしく目立っている。
これは、服なのか?
「おぉ!これは良いぞ!だが……ちと窮屈で嫌だな」
三着目はリクルートスーツ。黒で固められ、タイトスカートから見える脚は若干のエロさを滲み出している。サイズがピッタリなだけに、お尻が強調され第二のおっぱいと呼ぶに相応しい。
これはどこでも採用されそう。
「これは!……私が着るべきでない気がする」
四着目は婦警の制服。深い蒼で染められた服は正義の色を演出していながらも、禁断の花園を彷彿とさせる神秘的なエロさが溢れ出ている。
ただ、メデューサさんが着るとコスプレにしか見えない。まぁ、最初からだけども。
にしても、この店はいつもながらなんでもありすぎて怖い。
「えぇい!どれもこれも却下だ!にしても人間はよくこんな衣で生活出来る……恐るべし」
「まだあるよ」
「おっと、最後だったな。待っておれ」
最後の服は、どうしても着てほしかったものだ。
何故だか手に取った時、懐かしく感じたから。
「いいぞ、蛙」
私はゆっくりとカーテンを開けた。
「ふむ……悪くない。今までよりは十分着心地は良い」
最後の服は、薄緑のタートルネックに白のロングスカートだ。
他と比べてシンプルだけど、これが私にとって大本命だった。
「ん?どうした蛙」
「……ぁさん」
「もっとはっきりしゃべらぬか」
「っ!……なんでもないよ、凄く似合ってる」
私は自然と口に出していた。その名は呼んではいけない。思い出してはいけない。頼りにしてはいけない。
でも、どうやら我慢は出来なかったようだ。
「おぉっと!ほ、ほんとにどうした蛙!いきなり抱き締めてきおって!驚いてしまうではないか!……べ、別に構わないが」
「ミドリさん、その服じゃ駄目?」
胸に埋もれながら私は言った。
「……蛙が良いというならこれに決めよう。実際、中々動きやすくて心地もいいしな!」
「よかった」
「ほれ、だからもう離れぬか。私としては離れなくても……コホン、こ、この部屋から出られないのでな」
「あ、ごめん」
私の手と体は接着剤がついたように離れなかった。この温もりを、いつまでも感じていたかったから。
「決まったか?雑草」
「来るなゴキブリ女ぁああああっ!」
「あーうるさいうるさい。……ほう、いいじゃないかその服。似合ってるぞ」
「そ、そうか!貴様に言われるのが釈然としないが……ま、まぁ素直に受け取っておこう」
「ちょろいな雑草」
「ぁぁぁあああああああんっ!」
目からビームでも出るんじゃないかと感じる程の目力で、メデューサさんはクロさんを睨み付けている。
でも、クロさんはそんなこと気にしてはいないようだ。
さ、後は支払って帰ろう。
「なぁ、蛙ちゃん」
「なんですか?」
「ーーーーまだ引きずってるのか?」
会計をしながらクロさんは尋ねてきた。
「何をですか?」
正直、質問の意味が分からなかった。
私は何も引きずっていない。いないはずなんだ。
全てーーーー消しているはずなんだ。
「ふっ……ま、いいよ。ほら、持ってけ。こいつのこと、また今度教えてくれよ」
「はい、ありがとうございます」
「まだか蛙!我はもう腹が減ってしょうがない……ゴキブリ女ともさっさと離れたい!希望!」
「あぁはいはい会計は終わったからさっさと帰んな……おい、耳貸しな」
「なっ!無礼者っ!我に耳打ちだとっ!」
「いいから!貸せ!」
店内を出ようとすると、何やらクロさんがメデューサさんにコソコソ耳打ちしてる。
いったい何を話しているんだろう。
少しすると、メデューサさんは小走りで寄ってきた。クロさんは手を振っている。
「二度と来るかバーカバーカ!」
私を盾に子供みたいなことしないでくださいメデューサさん。
「ねぇ、さっき何を喋っていたの?」
「んー?……内緒だ」
いじわるメデューサさん。でも、聞かないほうがいいのかもしれない。そんな気がした。
「さ!帰るぞ蛙!帰って焼き肉だっ!」
「あ、待っ……」
先に歩くメデューサさんの後ろ姿が、誰かに重なった。
それは、いつしか忘れていた後ろ姿。懐かしくも、寂しい気持ちが、私の心を鷲掴む。
「ん?どうした蛙、帰るぞ!」
「ーーーーーうん!」
私達は、手を繋いで家に帰るのだった。
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