メデューサさんは服がない(1)
前々から思っていたことがあった。
それはとても当たり前なことで、むしろ何故今までスルーしてきたのかと。
「どうした、いつにもまして半目で気だるげなだらしない目付きをしおって」
一緒に暮らしはじめて数日。メデューサさんのことを見ていると、違和感に気づく。
「な、舐め回すように我の体を見るでない!は、恥ずかしいだろぉ!」
一人用のソファに我が物顔で足を組ながら座る様は、まるで気高い女王様だ。
でも、格好はいつも通り私のジーンズとワイシャツ。サイズが合っていない分、露出が激しい。お腹は出てるし胸元は豊満な胸に合った秘匿さがあるし、細く伸びた白く綺麗な脚の素肌は膝から下を顕にし、遊女のように妖艶。
簡単に言えば、エロイ。
そうだ。私は気付いてしまった。
「ーーーー服が、ない」
「ふ、服?あ、あぁ、別にこれでもいいのだぞ?キツイがもう慣れたしな」
「駄目。服買お」
「う、うーん……別にいいが、我に見合う衣がこの地にあるとは考えにくい」
モデル体型なメデューサさんなら、大丈夫そうだけども。
そういえば、もう一つ忘れていたことがあった。
「メデューサさん、呼び名決めてもいい?」
「呼び名!?わ、我の名は不服ということ……か?」
別にそういう訳ではない。
ただ、昼間から外に出る以上人目もつくし、違和感のない名前で呼びたいからだ。
それに、メデューサさんってずっと言うのも他人行儀ぽいし。
あれ、メデューサさんがまたいつものように小鹿の如く震えてる。
「我の名は……そ、んなに……不服か……?ーーーーふ!ふ!く!かっ!?」
ソファから立ち上がり、唇を震わせ、今にも泣き出しそうにしている。黄色く輝いた綺麗な瞳は、若干潤っているように見える。
「そんなことないよ。ただ、愛称をつけようと思っただけだよ」
「うっ、ぐっす……あ、愛称、だとぉ?」
「うん。親しみを込めた名前」
「な、なんだ……そう、か……よぉぉおおおおしっ!それなら許可する!我を好きに呼ぶがいい!」
「うーん……」
私は悩んだ。そりゃ悩む、だって呼び名なんてつけたことがないんだから。
「ヘビさん」
「そのままではないか!」
「ポチ」
「犬か我はっ!」
「佐藤さん」
「どこに佐藤要素があるというのだっ!」
色々案を出しては却下されるのを繰り返していると、ふとメデューサさんの髪色と蛇だった時の色を思い出した。
「ねーねー、あの時の蛇には戻れるの?」
「戻れるぞ。あれは我が復活するまでの間を補う仮の姿だからな。変身するのは容易だ」
なら、呼び名は決まりだ。
「ーーーーーーミドリ、さん。なんてどう?」
「また安直だなお前!もっと、こう……なにか……あるだろぉ?」
「だって呼びやすいんだもん。それに……」
「それに、なんだ?」
「ーーーーーメデューサさんの緑色は、特別輝いてるように見えて、好きだから」
そう言うと、頬をトマトのように赤くさせ、指と指を絡ませながら目をあちこち泳がせはじめた。
「そ、そうか?す、き……か……ほ、ほー」
「じゃあ、ミドリさんでいい?」
「ふっ、よいぞ!特別に我を愛称で呼ぶことを許す!存分に呼ぶがいい!」
「じゃあ、行こっかミドリさん。服屋に」
「そういえばそんなことを言っていたなぁ……いいだろう!蛙と共にミドリさんは衣を奪いにいざ出発!」
「いや、奪わないから」
「違うの!?」
そうして、私達は服を買いに近くの密かなファッションショップ"ゴルゴン"に向かうのだった。
*
「ここがーーーーーゴルゴン!」
店の前で迫真の驚きと劇団顔負けのオーバーリアクションは止めてねメデューサさん。
「我もその名を呼ばれていた。ゴルゴーン、と」
あれから少し調べたけど、メデューサさんは三人姉妹の末女で、姉妹をゴルゴーン三姉妹って呼ばれていたとかなんとか。
ゴルゴーンは"恐ろしい者"という意味合いでもあるみたいで、姉妹は当時誰からも恐れられてたらしい。
恐怖の対象としてーーーゴルゴーン、と。
偶然にも、店の名前が似ていただけにメデューサさんの気に触れたんだろう。
「いいだろう、我と同格なやつがこの小汚ない店にいるというわけなのだな、蛙」
「同格かは分からないけど、まぁ、人はいるよー」
「よし、入るぞ蛙!その高貴さ、見せてもらおうじゃないか!」
身構えつつ、先陣を切って店に入っていった。私も入ろう。
この店は私の行き付けな店だ。多種多様な服が安く売られ、アクセサリーなんかも取り揃えられている。
店内は路地裏にひっそりあるだけに非常に狭く、人が多いとゆっくりは見られないだろう。人がいる所は見たことないけれども。
外装も全体的に暗い茶色で覆い、入口にはじゃらじゃらと鳴る人寄せなのか人避けなのかよく分からない小型で木製の案山子が複数紐に吊られている。
「ん?おー、いらっしゃい蛙ちゃ……ってなんだあんたいきなり」
「貴様!名を名乗れっ!」
「はっ!いきなり突っかかってきて何を言い出すかと思えばーーーーふぅぅう……」
店主は咥えていた煙草を中指と薬指で挟み、口から離して多量の煙をメデューサさんに浴びせるように吐き出した。
「なっ!うぉっふぉ!ごほっ!お、おい貴様!我にいったい何をした!?」
「何って、煙を吐いただけさ。あんたみたいな客でもないただの頭がおかしいやつをさっさと帰すためにね」
「こっんの!無礼者がぁ……もう我慢出来ん!蛙!この女を今から焼き肉にして食ってやろう!」
「はぁ……まったくなんなんだこいつは……。蛙ちゃん!あんたの連れか?」
「はい、クロさん」
店主のクロさんが、メデューサさんの横から顔を出し、声をかけてきた。
クロさんの髪はいつ見ても透き通った艶があって、黒く腰まで伸びたその長い長い髪はどうしようもなく綺麗と感じる程。
服装も髪に合う黒で統一されていて、腕捲りしたブラウスにロングスカートと、服屋の店主らしくファッションに気を利かせている。
体つきもメデューサさんと同じで背も高く、服に隠された浮き出る大きい二つの果実はメデューサさんの物にも劣らないだろう。
「困るよ蛙ちゃん。いくら常連さんだからって、こんな痛いやつこの店に連れてきちゃ」
「ごめんなさいクロさん」
元々、唯一の客説があった私に、クロさんから知り合いでもなんでも連れてきてほしいと前々から頼まれていた。
確かに初めて連れてくる人が、店主にいきなり突っ掛かるような人だなんて我ながら無礼極まりない。
「ま、いいよ。蛙ちゃんの可愛い顔に免じて許してやろう……と、いうことだ雑草頭。蛙ちゃんに感謝しときな」
「だ、誰が雑草頭だっ!いいか!我にはメデュ……み、ミドリというれっきとした名があるのだ!」
「そうか雑草頭、あんたは雑草頭がお似合いだ」
「ぐぬぅうううううっ!こ、このゴキブリ女っ!」
「言ってろ言ってろ雑草」
「あ!今頭抜けてた!抜けてたぞ!せめて頭を付けぬか!」
「はぁ……頭が痛い」
地団駄を踏んでプンスカ怒るメデューサさんは、まるで大人に弄ばれる子供に見える。
「ま、いいや。それより、あんたら服を買いに来たんだろ?見るに雑草の服が目的みたいだな」
クロさんはメデューサさんの上から下までをチェックしていく。
頭、肩、腕、胸、腹、腰、脚……各部位を見透かすように見たクロさんは持ち前の観察眼で見事的中させたのだ。
「な、何故分かった!貴様……まさか貴様もやはり我と同格の力を持って……」
「さっきから意味の分からないこと言うんじゃないよ!ほら、あんたのサイズはあっちだ。さっさと決めて帰んな。蛙ちゃん、連行」
「あいあいさー」
「ちょ!蛙!こいつとはまだ話が!て、手を引っ張るでない!ぬうぅううううっ!覚えておれぇゴキブリ女ぁああああ!」
私は、いつまでも突っ掛かるメデューサさんを強引に店の奥まで引っ張っていった。
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