第38話
「水源京を元の状態に戻すには、どうあがいても水源を作るしかない。」
僕は翡翠とハクに向かって言う。
「けれど、水源の元である水そのものが雨音──雨によって運ばれていて、雨は風に乗ってやってくる。だから、水源を戻そうと思ったら風を戻さなくちゃいけなくなる。」
「そんなのは無理だ。例えどんな手段を使っても、大気の流れを変えるのは不可能──いや、出来たらできたで、あらゆる現象、あらゆる命に影響が出る。そんな危険はさすがに冒せねぇぞ。」
ハクの言葉に僕は頷く。
「うん。だから、別の方法を考えるしかない。それで、僕に考えがあるんだけれど、二人とも、聞いてくれる?」
僕はまっすぐ、そしてゆっくり二人の顔を見た。
ハクの視線は直ぐに泳いだ。彼は僕の瞳を見るなり、肩を竦めるように鎌首を伸ばし、全身を一度震わせた。彼は僕が考えていることを、きっと察している。だからこそ、ずっと僕を気に掛けてくれた友人だからこそ、彼はその考えにイエスと言えないのだ。
彼は口を開き、小さく言った。
「1つ聞きたい。」
「うん。いいよ、ハク。」
「……涼と紅葉のことはどうするつもりだ。」
「どうするって、どういうこと?」
「お前は翡翠を友達だと言って、友達を救いたいと言った。けれど、お前には人間の友達がいる。もし、もしもお前が──」
「大丈夫だよ。」
僕は言う。夏に吹く強い風のように、自分の中にある不安を弾き飛ばして。
「僕はそれにはならない。それに、何があったって、僕と涼と紅葉との関係は変わらないよ。」
「また、根拠のないことを……」
「うん。自覚してる。」
ハクは僕の視線を確かめるように受け止めた。彼の瞳は厳しく、天敵に出会ったときのような威嚇するものだった。その赤い瞳を3呼吸程続けてから、彼はふっと笑う。
「──なんだそりゃぁ。数週間前とは随分と違うじゃねぇか。」
「ふふ、そうだね。きっとこれが急成長ってやつだよ。ほら、思春期だし。」
「いや、かんけーねーだろ。」
「そうかな?」
「そうだとも。」
「じゃあ、どうしてかな?」
「はぁ、そんなの──」
ハクは穏やかなため息をついてつぶやく。
「いい親友がいたってことだろ?」
「うん。」
ハクはあきらめたように、でもどこか楽しそうに息を漏らす。
「ハッ、即答かよ。」
「うん。」
「じゃあ、オレから言うことはただ一つだけだ。
絶対に、どうなっても、その親友、忘れるなよ。」
「うん。僕の命に掛けても、必ず。」
「そうか。」
彼はそういって蜷局を巻き、頭をすっぽりとその中に収める。
「ありがとう。」
ハクは答えなかった。けれどその尻尾が気にするな、と言いたげに2度小さく横に振られた。
「……翡翠、僕は君を助けたい。ううん、救いたいんだ。だから、力を貸してほしい。」
僕の言葉に、彼女の透明の頬が悲しげに笑う。
「……力を貸すも何も、私の問題だ。何でも言ってくれ。」
「わかった。なら──」
「『流水の神』スイを見つけるのを、手伝ってほしい。」
◇
『神』は現象だ。自然現象そのものである彼らは、その現象あるところ、この世界のあらゆる場所にいる。雨が降る場所には雨音がいる。それは同時に世界のどこにでもいるんだ。そして、時が経って一度消えても、彼らは新たな自分として現れる。彼等は群にして個の存在だ。
ならば、『流水の神』であるスイも同じだ。
雨音がたくさんいるのと同じように、水が流れるところに必ずスイは存在しているはずなんだ。
「この水源京は今雨音の雨で水が大量にあって、それが土に染みこみ、流れ出ている。その流れがあるから、スイはここにいるはずなんだ。」
「で?そのいるはずの神を、どうやって見つけるんだ?神なんて向こうからやってくる時しか、オレは見たことがねーぞ。」
僕はハクの言葉に頷く。
「確かに、僕らは雨音と会う時は、いつも彼女から、だった。
けれど、彼女が会いに来る時以外の雨でも、彼女は居るんだ。
ただ見えていないだけなんだよ。
雨音があの姿で僕たちの前に現れるのは、『精』が多い時だ。僕らはきっと、神の『精』が多いときにしか、彼らが見えないんだ。彼等が見えないときは、彼らの精は少ないんだ。
でも精があるなら──」
「僕は、『対話』できる。」
「!!」
「……なるほど、お前は精と対話できるのだったな。ならばスイの精と対話することができるはず、か。」
翡翠は少し考え、疑問をぶつける。
「だが、そんなこと本当にできるのか?確かにお前は精が見分けられるし、対話が出来る。しかしそれは精霊相手だろう?神としたことがあるのか?」
「ううん、ないよ。神の精は現象だから、他にもたくさんの違う精が混ざっている。水の精、大気の精、微生物の精……僕が見分けられる限界を超える量が入っているから、今までは対話できなかった。
でも、今この水源京の精は、極端に少ない。
だから、あと少しスイの精が多ければ、見分けられるはずなんだ。」
僕は翡翠に言う。
「だから、翡翠には水の精を操って、流れを起こしてほしい。」
「……そんなことでいいのか?私が水流を起こしても、微々たるものだ。神が姿をさらすまでの精には至らないぞ。」
「大丈夫。見えなくても、必ず対話できる。ううん、してみせる。」
「……そうか、わかった。
だが……精を操れば、それは私の精を同時に失う。私が消滅すれば、この水源京はこの世から消え去ってしまう。そうなったら、ここにいるお前たちも死んでしまう。
私は……それだけは、嫌だ。
だから、限界が来たら、たとえ何があろうとお前たちを外に放り出す。それでも、いいな。」
僕は大きく息を吸い、覚悟を決める。
「うん。大丈夫。」
「もって数分だぞ。」
「それだけあれば、十分だよ。」
「……そう、か……
なら──」
翡翠はそういうと、その透明な腕を僕に伸ばした。
美しい水晶のような指が、僕の頬を撫でる。
「一応、今のうちに言っておく。
わたしは、お前と出会えたこと、うれしく思っているよ。
最後に、あの花火を見せてくれた。
お前という存在が、わたしに人の営みを見させてくれた。
それは、わたしの──生涯の宝だ。
最後に、わたしの本当の願いを──
大切な人と一緒に過ごしたいという願いを
かなえてくれたことを、わたしは感謝している。」
彼女はそっと僕の額に額を当てる。
彼女の透き通った瞳が、目の前にあった。
「──ありがとう。友よ。」
僕は瞼を閉じて言った。
「うん。でもね、最後じゃ、ないよ。」
「……」
「次は紅葉狩りだから!!」
「……ふ。そう、だな。」
彼女は笑った。
それは今までで一番穏やかで、一番美しい微笑みだった。
彼女の透明な髪の下から見えた真っ青な耳飾りが、僕には妙に輝いて見えた。
「それじゃあ」
僕は彼女の瞳を見る。
強く、絶対に救うと、そう自分に言い聞かせる。
「はじめよっか。」
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