第7話『お悩み相談』
「ねえ、妹ちゃんすっごく可愛いね」
朝の教室。
怠そうに自分の机に突っ伏していた基晴は、声を掛けられた方に顔を向ける。
「琴浦………」
「あれ? 妹尾君なんか疲れてる?」
「まぁな……」
一年の時からのクラスメイトで、同学年の女子生徒の中で一番気兼ねしない相手。
可愛いものが大好きらしいが、その感性が若干怪しいといわれている。
「どうしたのよ。悩み事なら、お姉さんに相談しても良いんだぞー?」
「そうやって歳上風吹かせんの、やめないか。たった一ヶ月しか違わないのに」
さらに厄介なことに、真希はこうして「歳上のお姉さん」みたいな振る舞いをすることが多々ある。
例え同級生であろうと、自分より遅い生まれの者に対してはお姉さん風を吹かせたがるという、実に面倒な習性を持っている。
因みに真希の誕生日は四月二日、実に嘘っぽいがマジである。
詰まる所、同学年で真希より歳上は存在しないのであった。
「いやまぁ……その可愛い妹のことで、ちょっとな」
「なになに? 反抗期を迎えた妹の二人暮らしが辛いの?」
「その逆……はぁ〜〜………」
「大丈夫? 何があったのよ」
言うべきか一瞬迷った基晴だが、以前にも悩みを解決してくれた真希を信用して、今までの経緯を掻い摘んで話した。
もちろん、そのことを口外しないよう注意もしたが。
「なるほどね……。家に帰れば手錠をかけられてるんだー。へぇ〜〜」
「なんだ、そのヘラヘラとした笑いは」
「いやーだってねぇ〜。随分と愛されてるじゃない、お兄ちゃん?」
「茶化すな。で、なんか解決法ない?」
ひとしきりケラケラと笑った真希は、目を瞑り「う〜ん」と唸り考える素振りを見せる。
「………やっぱり、突き放すしかないんじゃないの?」
「それならもうとっくに──」
「物理的な距離じゃなく、心の距離を取るんだよ」
心の距離? と基晴は訝しげな視線を向ける。
その視線を受けて、真希は得意げな顔で話を続ける。
「そっ。妹尾君とご両親は、美菜ちゃんが会えなくなれば自然と独り立ちするって考えたんじゃない?」
「まぁ間違ってはいないな」
「でも失敗した。それはなんでだと思う?」
なんでと言われて、基晴は咄嗟に答えを出せなかった。
距離を置くこと自体に間違いはない、と基晴は本気でそう思っていた。
そのため、何を"失敗"したのかをまるで理解していなかった。
「……ごめん、分からん」
「素直でよろしい。いい? 美菜ちゃんは妹尾君のことが好きなの」
「……? そりゃそうだろ。そうじゃなきゃ、金魚のフンみたいにくっついて来ないだろ」
「女の子をフンに例えるなんて最低……でも、そう。要は好きだから一緒に居たいだけなんだよ、きっと」
基晴の机に腰掛けた真希は、ふっと天井を見上げて嘆息する。
「言っとくけど妹尾君が思ってる『好き』と、私が言った『好き』の意味合いは違うものだからね」
「違うって………はっ? いやいや、ないだろそれは」
「でも義理なんでしょ? 可能性がないとは言えないんじゃないの?」
あり得ないな、と基晴は肩をすぼめる。
今まで美菜が、そういった素振りを見せたことは一度としてない。
確かに、思春期の兄妹としては行き過ぎなスキンシップが多い気はするが、それでも妹が兄に甘えているだけの範囲に留まっている。
「まあ、これはあくまで推測だけどね。『美菜ちゃんが自覚していない』っていう可能性だってある訳だしね」
「そんなことあるのか?」
「さあ? 私は初恋もまだだからその辺りはちょっと……」
「えっ……? まだなの?」
「べ、別にいいでしょ。私のことは」
あまり詮索されたくないため、真希はやや強引に話題を戻す。
「でもさ、もし自覚してて後を追ったんだったらロマンチックよね」
「はあ………ロマンチック、なのか?」
「だって、遠く離れてしまった愛しいあの人を追い掛けるなんて、すごくロマンチックだと思うよ」
「………その後、手錠で拘束されなきゃな」
ロマンチックよりは軽めのホラーと言った方が正しい、と基晴は感じた。
例え手錠の件がなかったとしても、そこまでロマンチックとは思えなかった。
基晴は小さな溜息を吐いて、脱線しそうな会話を切り上げる。
「話を戻すけど、だったらどうすれば普通の兄妹になれると思う?」
「うーん、私は一人っ子だから『どうすれば』って訊かれてもなぁ……」
そりゃそうか、と基晴は脱力し切った声音で呟いた。
もともと、良い解決策が提示されることを期待していなかった。そんなものがあれば、とっくの昔に見つけているからだ。
一縷の望みとも少し違う、ただ誰かに聞いて欲しかっただけなのである。
「あ、そうだ。それならいっそ、美菜ちゃんと付き合っちゃえば良いんじゃない?」
真希は突然、勢いよく顔を基晴に向けて真逆の解決策を提示するが、
「ふはああああぁぁぁぁ〜〜〜………」
基晴はわざとらしい溜息を吐く。
人を馬鹿にしたような行動に、当の真希も非難の目を基晴に向ける。
「なによー。そんなに可笑しなこと言った私?」
「可笑しいっつーか、よりにもよって一番あり得ない選択をしたなと呆れたんだよ」
やれやれ、と肩をすくめる基晴。
基晴と美菜が出会ったのが、二人がまだ小学生の頃に遡る。その当時は基晴が小学三年生で、美菜が小学二年生だった。
お互いに子供だったため、新しい家族相手に気まずくなることなどなく、むしろ同年代の友達が出来た感覚だった。
それから月日が流れるにつれ、いつの間にか兄妹であることを意識するようになる。
そのまま今日に至るまで、互いのポジションに一切の揺らぎはなく実に良い兄妹をしていると自負していた。
つまり、
「俺、あいつの事は妹としてしか見てないんだよ。ていうか、異性として見てないっつーか、むしろ『妹』って言うひとつの性別みたいな感じなんだよな……」
長年苦楽を共にし、男女の関係以上の絆が出来てしまったことにより、異性としての感覚が麻痺している。
最早、基晴にとって美菜は『女』ではなく『妹』という個体で認識している。
「そういう訳で、美菜を今さら恋愛感情でなんて見れないんだよ。ほら、男女の血縁者が全く相手をそう思えないのと同じでな」
そう、そもそも基晴の中に『妹』と付き合ってみるなんて選択肢は、最初から何処にも存在しなかった。
例え今日、突然美菜から告白されたとしてもバッサリと断るだろう。それが自然の摂理とでも言うかのように。
「ふーんそっか。美菜ちゃん、可哀想だね」
「そもそも、美菜が俺に恋愛感情を持ってる話はお前の推測で妄想だからな」
勝手な想像で哀れんでいた真希に対して、痛烈なツッコミを入れる基晴。
その直後、教室が予鈴の音で包まれる。
「じゃあ、また後でね」
そう言って、真希は軽く手を振って自分の席に戻って行った。
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