公募用に手直し版『どこかで聞いたような設定の娘の婚活』(2020年12月31日公開)

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本ページをご覧いただき、ありがとうございます。

以下は公募用に手直しをした『どこかで聞いたような設定の娘の婚活』です。

大まかなストーリーそのものには変更はありません。


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 ただいまよりお話しするのは、とある娘の婚活についてである。


 彼女の名は、ラプンツェル。

 お察しの通り、彼女は実の両親の行いが原因で十八才を目前に控えた今も、森の中の高い塔の一室にて暮らしていた。

 彼女の住居の手配を整えたのも、やはりゴーテルという名の魔法使いであることも、お察しの通りである。


 生まれてこのかた一度も塔の外へと出たことがないラプンツェル。

 魔法使い・ゴーテルの庇護の元、彼女は何不自由なく、ゆったりふわふわと暮らしていた。


 戸籍上はラプンツェルの養母となっているゴーテル。

 ゴーテルは『シンデレラ』の継母のようにラプンツェルを精神的ならびに肉体的に痛めつけることなど一切なく、彼女の健康や栄養状態に常に気を配り、マンツーマンで読み書きをみっちり教えてくれてもいた。


 何やら他のことで忙しいらしいゴーテルがラプンツェルの元へと顔を出すのは、ラプンツェルが成長した今は三日に一回ほどの頻度とはなっている。

 しかし、ゴーテルはラプンツェルが退屈しないよう、本棚には『ラプンツェル』をはじめとし、『白雪姫』や『シンデレラ』、『眠り姫』や『ヘンゼルとグレーテル』、『赤ずきん』など子ども向けに改良済の童話の数々、美しい挿絵付きの詩集や高価な画集をたくさん揃えてくれていた。

 高尚なクラシック音楽や伝統音楽のCDのコレクションも、その蔵書数に負けないくらいだ。


 ちなみにラプンツェルがとりわけお気に入りだったのは、意外なことに自身の名前の由来である『ラプンツェル』ではなく、東洋のとある国を舞台とした『竹取物語』であった。

 その挿絵の”かぐや姫”は、髪の長さこそラプンツェルと同じぐらいであったが、見事なまでに緑なす黒髪の持ち主だ。

 物語のラストで、”かぐや姫”は故郷へと帰る。

 月の都へと帰った美しい姫――地上の人々の手の届かぬ高い所へと帰った美しい姫――と、”地上の人々の手の届かぬ高い塔で暮らしている美しい娘”である自分をラプンツェルは重ね合わせずにはいられなかった。

 このように、塔の中のラプンツェルの日々は穏やかに、ゆったりふわふわといつも同じリズムで過ぎていった。


 ある日のこと。

 繊細なレースがたっぷりとあしらわれたネグリジェ姿のまま、ベッドで寝転んで、見目麗しい男性が描かれた画集をぱらりぱらりとめくっていたラプンツェルは、”ゴーテルの来訪を知らせる音”に顔を上げた。

 童話『ラプンツェル』通りなら、ラプンツェルはその長い髪を窓の外へと垂らしていたが、童話は童話だ。

 ラプンツェルの髪そのものも、地上に到達するほどに伸ばすことは無理であったし、伸ばすことができたとしても、人ひとりの体重が髪にかかれば重みによってラプンツェルの髪は禿げ頭になってしまうだろう。


 ゴーテルが塔の下にやってくると、いつもピンポーンという不思議な音が部屋に鳴り響く。

 その音を聞いたラプンツェルは、部屋の扉付近に設置されている、横長の黒い長方形の横にあるボタンをピッと押す。そうすると、不思議なことにその長方形に、ゴーテルの顔がパッと現れるのだ。


 ゴーテルの顔と声を確認したラプンツェルは、ゴーテルの言いつけ通り、また別のボタンをピッと押す。

 そうするとヴィーンという不思議な音が聞こえ、その後にチーンという、何やら軽快な音までもが部屋の扉の向こうから聞こえるのだ。


 十数年前までは箒に乗り、青空の彼方より姿を見せていたゴーテルであったが、今やラプンツェルの部屋の扉から顔を見せるようになっていた。

 それもそのはず、ラプンツェルが物心ついた時、すでに”お婆さんに近い年齢のおばさん”であったゴーテルは、いまや純然たるお婆さんとなっていたのだから。


「やれやれ、やっぱり年を取ると箒に乗って空を飛ぶのすら、億劫になってくるものだねえ。費用はかかったけどエレベーターを設置して正解だったよ」


 魔法使いとはいえ、やはり年には勝てないらしい。

 実を言うとラプンツェルはエレベーターが何であるのか、完全に理解してはいなかった。

 ゴーテルを完全に信頼しきっているラプンツェルは「おば様がこの塔にかけた魔法なのよね、きっと」と脳内で完結させ、深く問うこともなかった。


 さらに言うなら、この塔には「CDプレーヤー」「冷蔵庫」「電子レンジ」「ガスコンロ」「電気ポット」「掃除機」など、ゴーテルの魔法はたくさんあった。

 それだけではない。

 蛇口というものをひねるだけで水やお湯がいつでも出てくることも、スイッチなるもの一つで部屋の中が明るくなったり暗くなったりすることも、同じくスイッチ一つでトイレの水はザーッと流れて排泄物が消えてしまうことも、ゴーテルの魔法の一種だと彼女は信じていた。

 

 ゴーテルはいつものように持ってきた手料理をラプンツェルの冷蔵庫へと手際よく入れていく。

「一度に全部、食べちゃ駄目だよ。電子レンジで温める時は、タッパーに貼ってあるメモに書いてある時間通りに温めるんだよ」

 次はいつものように、ラプンツェルの部屋の掃除を始めるゴーテル。

「ラプンツェル、ゴミはちゃんとまとめてるね? 洗濯物はこれで全部かい? ベッドのシーツも含め、出し忘れはないね? 窓のカーテンは今度、取り換えようかね? また三日後にここにくるからね」


 ラプンツェルの世話をしっかりとやいたゴーテルは「分かってるとは思うけど、火の元にはくれぐれも気を付けるんだよ。火事になっても、いろいろ行ったり来たりしている私はすぐにあんたの元に駆け付けられるとは限らないんだからね」と、いつもの言葉を口にした。

 そのゴーテルのいつもの言葉は、もう一つあった。


「ラプンツェル、私以外の者がインターホンを鳴らしても絶対にこの部屋へと招き入れるボタンを押しちゃあいけないよ。それが男なら特にね。そいつは、どんな思惑を持って、あんたに近づいてきているか分かりゃしないよ。あんたの大好きな”かぐや姫”みたいに、とてつもない無理難題を言って追い払ってやりな。この世の中ってのは、不条理で汚いところなんだ。”人に寄生して骨の髄まで喰いものにしようとする輩”がいるんだよ。あんたは何にも汚されることなく、ここで暮らしてればいいんだからね」

 ラプンツェル自身の「外の世界を見てみたい」という気持ちがそれほど強くないのは、幼き頃から自身を縛り付ける呪いのごとく聞かされているゴーテルの言葉も一因であった。

 ラプンツェルがしっかりと頷いたのを確認したゴーテルは、空のタッパーと洗濯物を抱えて帰っていった。




 純白のレースのカーテンの向こうには、このうえないほど澄み渡った爽やかな青空に天使の羽根のごとき雲が浮かんでいる。

 カーテンだけでなく窓までをも全開にしたラプンツェルは、それらの美しさと自身の頬を撫でゆく、優しい風の心地良さに目を細めた。

 だが、彼女の瞳はその美しい光景に似つかわしくない異質なものに気付いた。


 何かしら? あれは……初めて見る”鳥”だわ。


 今までにも、信じられない程に巨大な白くて細長い鳥がキーンという羽音を立てながら遥か上空を横切っていったり、はたまたバラバラという爆音とともに魚のような形状の鳥が飛んでいるのは見たことがあった。

 ゴーテルに問うと「飛行機だよ」や「ヘリコプターさ」とその鳥たちの名前をきちんと教えてくれた。


 けれども今、ラプンツェルの視界の中でどんどんと大きくなり、明らかに彼女を狙って迫り来ているとしか思えない鳥は、ラプンツェルが初めて見る鳥だ。

 風を切りながら近づいてくるそれの、鳥というより虫の羽音のようなブーンという音もさらに大きくなってくる。


 その鳥の顔が見えてきた。

 ラプンツェルの肌が、恐怖によってゾッと粟立つ。

 顔の中央に光のない真っ黒な目が一つ。向かってくる鳥は”一つ目”だ。


「きゃあああっ!!!」


 ラプンツェルは、部屋の奥へと逃げ込んだ。しかし、彼女は窓を閉めることを忘れていた。

 つまり、時はすでに遅し。

 鳥はそのまま部屋の中へと侵入してきたのだ。


「いやああっ!! 助けて、おば様!!」


 部屋の中を逃げまどうラプンツェル。

 そんなラプンツェルを不気味な羽音とともに面白そうに追いかけてくる鳥。


「あっちへ行ってぇ!!」


 ラプンツェルは泣き喚きながら、枕を掴み、”鳥”へとブンと投げつけた。

 見事な直撃を受けた”鳥”は、ガシャンという音ともにあっけなく床へと落下した。

 しばらくの間、ヴ、ヴ、ヴ、と苦し気に呻いていたが、やがて動かなくなった。


「まさか、死んじゃったの……? わ、私、殺しちゃった?!」


 床の上で転がっている”鳥”が息絶えてしまったのは、明らかだ。

 本棚の童話『青い鳥』の挿絵みたいに柔らかな羽毛では覆われていない鳥。その灰色の体は、ゴツゴツとして固いものだというのは触らなくとも分かった。

 胴体からはなんと四本もの足がニュッと伸びており、その四本の足先には左右に分かれた翼らしきものがある。

 見れば見るほど不気味で異形な鳥。


「どうしよう? どうすればいいの? 助けて……おば様!!」


 ラプンツェルは泣き続けた。というよりも、自身の唯一の保護者であるゴーテルに助けを求めて泣き続けることしかできなかった。

 その時だ。

 ピンポーンといういつもの音が聞こえた。


「さすがは魔法使いのおば様だわ。私が怖い思いをしていることを感じ取って、助けにきてくれたのね」と涙をぬぐうラプンツェル。

 しかし、いつもの横長の黒い長方形に映った顔はゴーテルではなかった。


 男だ。それも若い男。

 さらに言うなら、ラプンツェルが幾度も読み込んできた童話より、そのまま王子様が抜け出てきたと思う程に綺麗な男性であった。

 サラサラでツヤツヤの髪の毛、あまりにもクッキリとした二重の瞳、そしてあまりにもシュッと通った鼻筋の王子様。


「あのぅ、すいません。ドローンがお宅に入り込んじゃったみたいで、回収させてもらっていいですかぁ?」


 王子様は、名乗りもせず自分の用件を告げた。

 当然、ラプンツェルはためらわずにはいられない。


 どうしよう? 台詞こそ童話とは違えど、私の元にもついに王子様がやってきたということよね? それに……私がさっき殺しちゃった鳥は、王子様が飼っていたドローンという名前の鳥だったのね。王子様の大切な鳥を私が殺しちゃった……なんてことしてしまったの、私は……! でも、きちんと王子様に謝らなきゃ……! おば様には、おば様以外の人は、特に男の人はこの部屋に絶対に入れちゃいけないって言われているけど……


 ゴクリと唾を飲み込んだラプンツェルは、王子様をこの部屋へと招き入れるボタンを震える指先で押した。

 

 「すいませんでしたっ!」とラプンツェルに頭を下げた王子様は、床に転がったままのドローンの死骸へとタタッと駆け寄り、両腕で抱き上げた。


「あ、あの……王子様、私の方こそ、ごめんなさい」

 目に涙をいっぱい溜めたラプンツェルは王子様に頭を下げた。


「へ? 王子様ってもしかして俺のこと?」

 ”王子様と呼ばれた王子様”は、眉根をわずかに寄せ、ラプンツェルを見た。


「王子様の大切な鳥さんを……私が殺してしまったんです」


「はぁ? 鳥を殺したって……何言ってんですか? こいつは壊れただけですけど……それに壊れることになった原因もこっちにあるし、できれば警察を呼ばないでいただけると非常にありがたいわけで……」


「あ、あの、その”ケイサツ”って方、どなたですか?」


 ”王子様ではないらしい王子様”の頬が強張る。

 「おいおい、この女、ちょっとヤバくね?」という彼の心の内がありありとその顔に浮かんでいたが、ラプンツェルにそれが読み取れるはずなどなかった。


 無遠慮にラプンツェルの部屋の中をグルッと見回した王子様は、ラプンツェルの頭のてっぺんからつま先にまで無遠慮な視線を走らせ、「あちゃー、これは……」と顔をしかめた。

 だが、次の瞬間、彼はピコーンと何かを閃いたらしい。


「お宅にはテレビもパソコンも置いていないみたいですね。それにスマホやガラケーも持っていない、いや触ったことすらないっていったところですか?」


「え、えっと……」


 ラプンツェルが初めて聞く言葉が次々に王子様の口から飛び出してきた。


「その様子じゃ、俺のことも知りませんよね? 俺は”グリムン”っていいます。もちろん、本名じゃなくてネット上で使ってる名前だけど。お宅の名前は何ていうんですか?」


「ラ、ラプンツェルです」


「へえ、お宅の名前もラプンツェルなんですね。ラプンツェルさん、今日みたいに俺がインターホンを鳴らしたら出てくれますか? 俺、ここにまた来てもいいですよね? 俺といろいろお話しましょうよ」


 王子様もといグリムンの申し出は、あまりにも軽薄なうえ強引であった。

 だが、ラプンツェルはそのグリムンの申し出に首を縦に振ってしまっていた。


 彼女は自分の胸がこれ以上ないほど、つまりは息すら出来ないほどに高鳴っていることを感じていた。

 生まれて初めての体験。まさに”こんなの初めて”だ。


「もしかしたら、私のこの胸の高鳴りは、童話の美しい姫や娘たちが体験した恋というものなのかもしれないわ。そうよ、きっとそうだわ。ついに私の前にも王子様が現れたんだわ」と、ラプンツェルの心に甘い歓喜の波が広がっていった。


 


 数日後、グリムンはラプンツェルの元へとやってきた。

 それから幾度も顔を合わせるうちに、ラプンツェルは彼の外見を冷静に見ることができるようになってきた。


 最初はグリムンの綺麗な顔にばかり見惚れていたも、その綺麗な顔の目と鼻のあたりには”自然のものではないような不自然さ”が漂っていた。

 それにラプンツェルとグリムンの背丈はそう変わりはなかった……というよりも、正直、ラプンツェルの方が背が高い。

 それどころか、腰回りだってラプンツェルよりもグリムンの方が細いかもしれない。グリムンは、童話の挿絵の王子様のように長身で肩幅の広くて男らしい体つきというよりも、やや中性的な体つきだ。


 しかし、グリムンの髪はいつもサラサラのツヤツヤであったし、近くにいれば何やらいい匂いがするしと、ラプンツェルは彼の来訪をそわそわと心待ちにせずにはいられない日々が続いた。


 部屋のカーテンと趣を揃えた、繊細なレースのカバーがかけられたソファーへと並んで腰を下ろしたラプンツェルとグリムン。

 二人でいろいろなことを話すというよりも、グリムンが質問し、それにラプンツェルが答えるといった会話の図式は、秘密の逢瀬を幾度も重ねても一向に崩されることはなく、ラプンツェルは胸の高鳴りとともに寂しさをも感じずにはいられなかった。


 さらにグリムンは口づけどころか、ラプンツェルの指先にすら触れることはなかった。

 ということはもちろん、ロマンティックなお姫様ベッドにラプンツェルを押し倒すわけがない。

 ラプンツェルが「どうしたのかしら? 最近、お洋服がきついの」といった妊娠を意味する台詞をゴーテルに向かって口に出すような展開にはなりそうになかった。


 そもそも、グリムンは目の前のラプンツェルよりも、自身の手にある長方形の固そうな物――スマホという物――四六時中、気にしていた。

 ラプンツェルへの一問一答のインタビューが終わるたび、スッスッスッと指先でスマホを優しく撫でている。

 時にはそのスマホを、ラプンツェルの顔やラプンツェルの部屋内へと向ける。向けた後、スマホは必ずカシャッという音を発していた。

 またある時には、グリムンはスマホ自身の片耳へと当て、まるで誰かと話しているみたいな独り言まで言っていた。


 グリムンが何をしているのか、ラプンツェルには全く分からない。

 何より、目の前にいる自分よりもスマホの方をグリムンが構って大切にしていることに、言いようのない悲しさのみならず嫉妬の感情まで湧きあがってきた。




 秘密の逢瀬は、七回目を迎えた。

 ついに”この時が来た”というように、グリムンはラプンツェルの瞳をじっと見つめてきた。


「ラプンツェルさん、俺と一緒にここを出ませんか?」


「!!! えっ、で、でも……!!!」


 一緒にここを出よう、つまりは「結婚していつまでも幸せに暮らそう」と脳内変換をしたラプンツェルの心に喜びが広がる。

 その喜びに、自分を育ててくれ、今もいろいろと世話を焼いてくれているゴーテルの顔が重なった。


「実は……俺、かなり有名なユー〇ューバーなんですよ。俺と一緒に稼ぎましょう。もちろんラプンツェルさんの顔出しは必須ですけど……ビジネスパートナーとして俺と一定期間の契約を結びませんか?」


 ラプンツェルは面食らう。

 「ユー〇ューバー」や「顔出し」や「ビジネスパートナー」など彼が何を言っているのか、さっぱり分からない。


 ラプンツェルの混乱を察したグリムンは、ハァと溜息をつく。

「世の中の流れに全くついていけないほど、外界から隔離し続けてきたなんて、一種の虐待じゃねーか」と、ボソッと小声で呟いた。


「ラプンツェルさん、文字の読み書きはできるんですよね? じゃあ、俺が今から見せる『Tw〇tterまとめ』だって読むことができますよね。ラプンツェルさんの養母のゴーテルって婆さんですけど、ネット上でこんなこと呟いているんですよ」


 グリムンが自身のスマホに女性みたいに細くて白い指をスッスッとすべらせたと思うと、それをラプンツェルの眼前へとかざした。


 『Tw〇tterまとめ』が何であるのかは例のごとく分からなかったラプンツェルである。

 しかし、スマホに映し出された衝撃の言葉の数々を読むことはできた。



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 ラプンツェル保護師 @Gotell-Tall-tower


 ワイ、魔法使いのババア。ワイのラプンツェル畑を荒らしまくったDQNカップルから、また赤ン坊を取り上げたったwww

 ちなみに、この十八年で十人目となる赤ン坊。

 何がイン〇タ映えやねん、蠅どもが。やっていいこととそうでないことの区別もつかんのか。マジでしばくぞ。


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 我が目を疑わずにはいられないラプンツェル。

「え、えっと……このスマホという魔法を使って、おば様の心の言葉を私に見せてくれているということですか?」


「魔法じゃねーし」とボソッと呟いたグリムンは、人差し指をスマホへとかざし、上から下へとすべらせた。

 ここにはいないゴーテルの声が、ラプンツェルへとまだまだ届けられる。



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 ラプンツェル保護師 @Gotell-Tall-tower


「損害賠償金をしっかり払うか? それとも腹の子どもを私に養子として差し出すか?」と聞いたワイに、なんでためらいもなく実の子を差し出す?!!

 代わりなんてない自分の子より、数年ばかり頑張って働いたら払える金の方が惜しいんか、クズ親め!


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 ラプンツェル保護師 @Gotell-Tall-tower


 ワイの十人のラプンツェル。一番上はもうすぐ十八才、一番下は生後三か月。それぞれに塔を建てて、ワイが食事を作って掃除しに行っとる。

 ワイももう結構な年だから、正直疲れるし睡眠不足。でも、ラプンツェルたちはやっぱり可愛いのう。


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 ラプンツェル保護師 @Gotell-Tall-tower


 なんか誤解してる香具師がいるようだから言うけど、ワイは生後三か月とか幼児のラプンツェルを放置なんかしとらんぞ! 

 性質のいいゴーストたちに声をかけて、天国へと導くことを条件に一定期間だけベビーシッターとして雇っとる。何かあったらゴーストたちがワイを呼びに来る。これぞ、魔法使いのワイだからこそできる子育てwww


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 おば様もとい、”ラプンツェル保護師@Gotell-Tall-tower”の言葉を見る限り、ラプンツェルは自分の他にも九人いるということか?

 ラプンツェル自身は全く覚えていないも、幼少期の自分も時折、ゴースト――ゴーストという言葉の意味はかろうじて分かる――に子守りされていたということか?

 いや、そんなことよりも……


「これでお宅も分かったでしょう? というか、お宅自身も本棚に『ラプンツェル』を置いていながら分からなかったのが不思議ですけど、お宅はゴーテルに監禁されて、虐待を受けているんですよ」


「虐待……?」


「食事をもらえなかったり、殴る蹴るの暴力を受けたり、『シンデレラ』みたいにこき使われたり、『ヘンゼルとグレーテル』みたいに森に捨てられ育児放棄されたりすることだけが虐待じゃありませんよ。今までにお宅へインタービューした限り、学校にも行かせてもらってないそうじゃないですか? 社会で生きていくための様々なことを学ぶ機会を奪うことも俺は虐待だと思います。仮にお宅、この塔から放り出されて一人で生きていけます?」


 答えられないラプンツェルに、グリムンは続ける。


「外の世界は広い。いろんな奴らがいて、いろんな楽しみに満ちているんです。せっかく生まれてきたんだから、塔の外に出て、人生を楽しみましょうよ」


「……グ、グリムンさんはやっぱり私を外の世界に連れ出してくれる王子様なんですね」


「だからぁ、俺は王子様じゃなくてユー〇ューバーなんですって。いまやチャンネル登録数800万人越えのね。お宅がお宅だけの王子様を求めてる、つまり結婚するのが目標って言うなら、自分の足で歩いて探しに行かなきゃ」


「で、でも、娘の方から王子様に近づいて声をかけるなんて……」


「は? 現代の先進国の女は、アクティブにいろいろ行動できるんですよ。お宅は魔法使い・ゴーテルに、ゆるふわなメルヘン童話ばっかり心の養分として与えられてたんでしょうけど、”姫という立場にあるわけでもなく、ましてや全く美人でない女”の元に王子様がやってくるわけないですよ」


「え? 私は美人ではない……私は美しくないということですか?」


「…………あのですねぇ……メルヘン童話のなかじゃ、若い娘イコール美しいって方程式になってるんでしょうけど、若い娘が皆、美しいワケないでしょ。はっきり言いますけど、今のお宅の外見、かなり”ヤバい”ですよwww」


「ヤバい……?」


 首を傾げるラプンツェル。

 ”ヤバい”の意味が分からないだけでなく、グリムンの語尾に含まれていたwwwが彼女に読み取れるはずがない。


「”ヤバい”っていうのは、つまり”ダサい”ってこと……いや、流行遅れであり清潔感も皆無ということですよ。もともと美人に生まれた女ですら外見を磨いて、いろいろ手入れしているっていうのに。お宅もせめて口回りの産毛ぐらいは剃ったほうがいいですよ。この様子じゃ、体のあらゆるムダ毛だって生やしっぱなしなんでしょう? いまや男だっていろいろしてるんです。俺だって髭の医療脱毛とか受けたわけだし」


 実を言うと、グリムンが言う”いろいろ”には、彼の顔面を外側からメスによって少しばかり整えることも含まれてはいた。

 目に涙を溜めたまま俯いてしまったラプンツェルにグリムンは続ける。


「俺、ユー〇ューバーになる前は、ヘアスタイリスト齧ってたんです。だから、美意識やセンスには自信ありますよ。お宅は女にしちゃあ背は高いし、骨格はストレートタイプだし……そんな失敗したウェディングケーキみたいな学芸会ドレスより、もっとシュッしたラインの服を着た方がいいですよ。『外界より隔離されていたラプンツェルをグリムンが今風お洒落ガールにプロデュース』って感じで、俺と一緒にユー〇ューブに出演しましょうよ」


 グリムン――ラプンツェルというビジネスパートナー、つまりはビジネスチャンスを逃すまいとしているグリムン――は、なおも続ける。ユー〇ューバーらしく、喋るのが得意中の得意であるらしい彼は、饒舌だ。


「その長ったらしい不気味な髪だって、丸いフェイスラインを生かしたウェービーなボブヘアに俺がカットしますよ。もちろんライブ配信でね。今のお宅の髪は『ラプンツェル』っていうより、ヘアケアも碌にされてないし毛先もバサバサで正直、人には不快感しか与えません。まだサダコの方が清潔感あって美髪ですよ」


「サダコ……?」


「ほら、お宅が一番好きだって言っていた『竹取物語』と同じ国で誕生したホラーヒロインです。テレビから出てくる彼女を俺は今でも忘れられません。ある意味、俺の忘れられない女ですよ……あ、いや、ンなことは今は重要なことじゃなくて……」


 コホンと咳払いをしたグリムン。


「どうです? お宅が俺のビジネスパートナーになってくれるっていうなら、『竹取物語』とサダコが生まれた国にだって連れて行きますよ。金とパスポートさえあれば誰だって海外旅行に行けるんだし。飛行機で空を飛んでね」


「……空を飛ぶ? 飛行機という鳥の背中に乗れば、魔法使いのおば様でなくとも空を飛べるんですね?」


 グリムンの「あ、やっぱり『飛行機』も鳥の一種だと思ってんのか? でも、こりゃあ、さらに美味しい展開かも。『ラプンツェル、初めての飛行機、初めての海外旅行』っつうことで、チェンネルの再生回数ますます増えるよな」という言葉すら、混乱するばかりのラプンツェルは聞いてなかった。


「俺と一緒に稼ぎ……いや、外の世界へと踏み出しましょう。自分のプライベートを切り売りしてことのことになりますけど、自分でお金を稼ぐ楽しさを知ることができますよ。いまやスマホ一つで世界中の人と繋がることができる時代なんです。それに、お宅が”お宅だけの王子様”を探す婚活だってネットで配信……」


 グリムンの言葉が最後まで終わらぬその時であった。

 

「そうはいかないよ」


 窓の外からのゴーテルの声。

 風もないのにバッと開いた窓より、箒に乗ったゴーテルが現れた。


 箒から下りたゴーテルは「ふーやれやれ」とつらそうに腰をさすっていたが、すぐに顔を上げ、侵入者を睨みつけた。


「あんた……確か、グリムンとかいうユー〇ューバーだね? 実物は男にしちゃチビだねえ。それに何だい……もっと腕のいい医者に”顔面工事”を頼むべきだったねえ」


 ゴーテルからの侮辱に、頬を紅潮させたグリムン。

 フフンと得意げに鼻を鳴らすゴーテル。


「私からラプンツェルを取り上げて、あんたの飯のタネにする気なんだろうけど、そうはいかないよ。私はラプンツェルを……いや、ラプンツェルたちをずっと大切に守ってきたんだ。それぞれの塔の中で、この世の醜いものや汚いものには一切触れさせずにね」


 ラプンツェルへとゆっくりと視線を移したゴーテルの瞳は潤んでいた。


「ラプンツェル、なんで私の言いつけに背いて、よりにもよってこんな男を塔の中に入れたんだい? この男はあんたに寄生し、骨の髄まで喰いものにしようとしてるんだよ。不条理で汚いこの世の中で、調子に乗りまくっている俗物にもほどがある男さ。あんたを単なる一時の商売道具としか見ていない男さ」


「……俺がラプンツェルを一時の商売道具としか見ていないっていうなら、あんたはどうなんだ? あんたは”ラプンツェルたち”を一人の人間として見ているのか? ラプンツェルの自我が目覚める前から、塔に閉じ込めて洗脳して、あんたの保護下以外では生きていけないようにして……それに、魔法使いとはいえ不死身ではないんだろ? いずれは、あんたの方がラプンツェルたちより先に死ぬんだろ? 俺より何倍も長く生きてるはずなのに、なんでこんな自然の摂理を理解していないんだか。あ、理解はしていても考えないようにしていただけだったりしてな」


 今度はグリムンがフフンと鼻を鳴らす番であった。

 彼はさらにゴーテルへと追い打ちをかける。


「あんたは結構な財産家らしいけど、金は稼がなきゃ減っていくだけなんだよ。だから、手に職もなければ学歴もないラプンツェルに、超人気ユー〇ューバーのこの俺が今の時代だからこそできる稼ぎ方を教えてやろうとしてんの。世の中から隔離され続けてきたラプンツェルだからこそできる稼ぎ方をね。最初は興味半分だろうが何だろうが、今の時代はアクセスされて再生されたもの勝ちなんだよ」


 セラミック治療とホワイトニングをしっかりと受けた歯が、ニッと笑った彼の唇からこぼれた。

 完全なるグリムンの勝利へと近づきつつあるばかりか、さらに……


「きゃっ!」


 外からの聞き慣れぬ音に、ラプンツェルは飛びあがる。

 パーフーパーフーという音。

 それは、何やらただならぬ、何かの危機を知らせているかのような音であった。


「ついに幕引き、つまりは警察のご到着だ。俺、さっき、こっそりとユー〇ューバー仲間に通報を依頼をしたんだよwww あんたもストレスたまってたのか何だか知らないけど、いい年こいてTw〇tterで犯罪自慢なんてバカッター行為をしてたからなあ。あらゆる意味で”身から出た錆”だっての」


 それから数分もしないうちに、揃いの青い服を身に付けた幾人もの男がドッとなだれ込んできた。

 乙女チックなラプンツェルの部屋は、グリムンの香水とは全く異なる、厳つい体格の男たちの肌から立ち昇るムンムンとした熱気と匂いによって満たされてしまった。


 ゴーテルは逃げなかった。

 開きっぱなしの窓から箒に乗って逃げようと思えば逃げることができたはずなのに逃げなかった。

 俯いたまま、肩を震わせていた。


 ラプンツェルはただ見ているしかなかった。

 ずっと自分の面倒を見てくれ、読み書きも教えてくれ、綺麗で素敵なものたちでこの部屋をいっぱいにしてくれた”優しいおば様”に手錠がかけられるのを。

 警察に連行されていくゴーテルの後ろ姿は、ラプンツェルが今までに見たことないくらい小さなものであった。



5 

 

 十名のラプンツェルたちは、ゴーテルの監禁下より救出され保護された。

 ラプンツェルたちの誰一人として、外傷は一切なく、健康や栄養状態、情緒等にも全く問題はなかった。


 ゴーテルの裁判中に十八才の誕生日を迎えた一番年長のラプンツェル以外は、皆、それぞれの里親の元で育っていくことになった。

 ネットニュースなどでは、ゴーテルが「ごめんよ。約束通り、あんたたちを天国へと導いてやるよ。あんたたちゴーストは檻の中にいる私の元までやってくるなんて、お手のモンだもんね」とブツブツ独り言を言い続け、刑務官に気味悪がられていると報じられていた。


 ラプンツェルは、人気ユー〇ューバー・グリムンのビジネスパートナーとなり、自活していくことを選んだ。

 元ヘアスタイリストのグリムンに、重くて長いだけの髪をばっさりと切ってもらい、今風のボブヘアに整えてもらった

 グリムンの狙い通り、『外界より隔離されていたラプンツェルをグリムンが今風お洒落ガールにプロデュース』は、何事にも驚いた反応を見せるラプンツェルの初々しさによって動画再生数ならびにチャンネル登録数を伸ばしていた。


 ダサくてムダ毛の手入れも全くなっていなかったラプンツェルは、みるみるうちに、当人比ではあるもキラキラですべすべの十八才の女の子へと変身していく……

 これぞ、まさにシンデレラ・ストーリーである。


 ラプンツェルは、グリムンと一緒にテレビ出演までをも果たした。

 パソコンやスマホなども難なく使いこなせるようになり、グリムンの”工事前”の顔写真をネット上で見つけてしまったり、自分やグリムンに対する心無い中傷コメントに時折、心をひどく折られながらも、スルースキルなるものまで徐々に身に付けていった。

 乾いた砂が水を吸うように、彼女は外の世界へと溶け込んでいく。


 当然、生きていくために必要不可欠で、時にはこれが原因で争いや殺人ごとまで起こる「お金」も、一躍、時の人となったラプンツェルの元にジャブジャブと音を立てながら打ち寄せてくる。

 ラプンツェルを飯の種としてたグリムンであったも、金銭に関しては綺麗な性分であるらしく、儲けを独り占めすることもなく、ラプンツェルの取り分はラプンツェルに渡してくれていた。


 グリムンが作ってくれたラプンツェル名義の銀行口座に一定のお金が貯まったラプンツェルが最初にしたこと。

 それは、自分の大好きな”かぐや姫”とグリムンの忘れられない女である”サダコ”が誕生した国に行くことなどではなかった。

 世に新たな話題を提供することとなる『ラプンツェル、初めての飛行機、初めての海外旅行』は後回しだ。


 ラプンツェルは、刑期を終えて戻ってきたゴーテルと一緒に暮らすための家を購入したのだ。

 ゴーテルと、ゴーテルと一緒に暮らすことを認めてくれる”王子様”と幸せに暮らすことが彼女の夢であった。


 ゴーテルの面会に行った時、ラプンツェルはそのことを伝えた。

 目頭を押さえたゴーテルは、ボロボロと泣き始めた。ラプンツェルの記憶の中の”おば様”より、彼女はますます小さく弱弱しくなってしまった。


「私が帰る場所まで被害者のあんたが用意してくれるなんて……でも、あんたの王子様が、私みたいな前科者のババアと一緒に暮らすのが嫌だって言ったなら、老い先短い私のことなんて捨ててくれていいんだよ」


「おば様と暮らすことを嫌がる王子様を私は選んだりなんてしないわ。おば様は私の大切な家族だもの。おば様と暮らすのを嫌だなんて言ったなら、その時点でその人は私の王子様じゃなくなるわ」


 綺麗にヘアスタイリングされ、自分の顔の美点も生かしたメイクまでバッチリ決めたラプンツェルの顔を見たゴーテルは涙に濡れた目を細めた。


「あんた、本当に綺麗になったし、今は自信に満ち溢れてるね……私はあの整形男に言われたことで、私はやっと認めまいとしていた自分の罪を認めることができた。あんたたちを解放しようって思ったんだ……でも、私があんたから奪った十八年はもう戻らない。せめて、学校には行かせてやるべきだったって今でも後悔しかないよ」


 そう言ったゴーテルは、またワッと泣き出した。

  

「そんなに泣かないで、おば様。私、あの塔の中で過ごした十八年間、とっても幸せだったわ。おば様からの愛をいつも感じていたもの……それに、私はこれからいくらでも、外の世界でいろんなことに挑戦していくことができるわ。あ、そうだ! おば様、私、今度ね、グリムンと一緒に『竹取物語』が誕生した国に行くのよ! 宿の部屋はグリムンとは別々だから心配しないでね。おば様へのお土産には『サダコ人形』を買ってくるからね」


 微笑むラプンツェル。

 初めての海外旅行の後は、夢を現実にするために”婚活”に本腰を入れるつもりだ。ラプンツェルの心には、未来への夢と希望しかなかった。

 そんなラプンツェルに、ゴーテルは少し声を落として言った。


「気を付けるんだよ、ラプンツェル……気を付けるのは初めての海外旅行についてだけじゃない。有名人となってしまったあんたに擦り寄ってくる者たちは、これから先も増えてくるだろう。甘い言葉で”あんたに寄生して骨の髄まで喰いものにしてやろう”とするハイエナのごとき輩もね。その輩が単独であんたに狙いを定めたならまだしも、群れとなってやってくるかもしれないんだから……」


 ゴーテルの言葉をしっかりと胸に刻んだラプンツェル。

 帰国後の彼女は、グリムンとともに『ラプンツェルの婚活大作戦!』を積極的に配信し始めていた。




 そんな日々のなか、ゴーテルの予言、いや忠告は、見事なまでに的中してしまう。

 有名人となったラプンツェルに狙いを定め、”寄生して骨の髄まで喰いものにしよう”としている輩たちが群れとなり、彼女の元へとやってきたのだから。


 この輩たちのことを説明するには、ラプンツェルの原点に戻らなければならない。

 つまり”ラプンツェルがラプンツェルとなった原点”は、ラプンツェルの実の両親の行いにあった。


 奴らはSNSやイ〇スタ映えなんて言葉すらなかった時代より、他人のラプンツェル畑を荒らしたうえ、窃盗までをも行っていた者たちだ。

 そして、畑の所有者であるゴーテルに「損害賠償金をしっかり払うか? それとも腹の子どもを私に養子として差し出すか?」と問われ、即決で子どもを差し出しもしていた。


 その両親から生まれた他の子どもたちも、案の定、DQNなんて言葉が生易しく思える仕上がり具合である。 

 低所得、低学歴、あらゆる導火線が短く、すぐに手や足が出ずにはいられない。話し合っての解決よりも、暴力で解決だ。というよりも、暴力による解決方法しか知らない。金でもドラッグでも体でも、欲しいものは奪い取れ。体を売るのもへっちゃら。他人に舐められたら負けだ。やられたら、やり返せ。やり返した相手が、半身不随になったり、時には死んじまってもしゃあねえ。

 

 このように尋常でないほどに血の気が多いだけでなく、繁殖能力までもが異常に強い者たちによってラプンツェルの家のインターホンが鳴らされた。

 自身の生みの両親と名乗った二人と兄と姉だという者たちの声をインターホン越しに聞いたラプンツェルは扉を開けた。

 扉を開ける前の彼女には、自分と血の繋がった家族に会えるという喜びしかなかった。


 だが、扉をうっかり開けてしまったラプンツェルは「ヒイッ!」と悲鳴をあげて後ずさってしまった。

 派手なタトゥーを全身に刻み込んだマフィアやギャングのごとき恐ろしい風貌の大柄な男女が十人も立っていたのだから!


「やっと、お前の家を見つけた。会いたかった、ラプンツェル。お前のママよ」

 ラプンツェルをガバッと抱きしめた母親。

 着古し色褪せたノースリーブワンピースの中にある、ノーブラのうえに萎びきった乳房の感触がラプンツェルに伝わる。


「パパも会いたかったぞ、ラプンツェル。お前、すっかり有名になって、かなり稼いでいるみたいだな」

 そう言った父親は、ラプンツェルが家に入ってもいいとも言っていないのに、タンクトップをたくしあげ、たるんだ毛むくじゃらの腹をボリボリと掻きながら、ズカズカと踏み込んできた。

 そんな父親に、ラプンツェルの兄や姉たちまでもがズカズカと続く。


 煙草を吸わないラプンツェルの家の中に、煙草を吸いながら踏み込んできた兄もいれば、握っていた酒の空瓶を庭にポイッと投げ捨てた兄もいた。

 姉の一人などは玄関の花瓶を見て「これ素敵ねえ、ねえ、私もこんなの欲しいなぁ。ううん、私にくれるよね」とラプンツェルを恐喝してきた。


 ラプンツェルを抱きしめたままの母親が言う。

「どうしたの? ラプンツェル、パパとママ、兄さんや姉さんたちに会えてうれしくないの? ま、これで全員じゃないけどね。まだ刑務所に入ったままの子も二人ばかりいるけど。それより、せっかくなんだから、お前と私たちの再会を祝ってパーティーしましょうよ。”スシ”っていう料理が美味しいらしいじゃない? ママたち一度も食べたことないのよね。パーティー用の料理に追加して、”スシ”もデリバリーで頼んでくれると、とってもうれしいんだけどねえ」


 あまりの迫力と恐怖に言いなりになるしかなかったラプンツェル。

 家族と再会したその日に、費用は全てラプンツェル持ちで夜通し、好き放題に飲み尽くされ、食い尽くされることになってしまった。


 酒と食べ物を片時も放さぬ両親より、ラプンツェルは自分が六男四女のうちの四女であり、末っ子でもあることを知らされた。

 さらに家族全員に殺人、強盗、詐欺、恐喝、傷害、強姦、麻薬取引などの何らかの前科があることも。そう、前科がない者などいないことも。


 ラプンツェルファミリーの酔っ払いぶりと暴れっぷりは凄まじかった。

 バクバクガツガツと底なしに飲み食いし、足りなければラプンツェルに断ることもなく、「早く持ってこいや! 十分以内に来なかったら、どうなるか分かってんだろうなぁ?!」とデリバリーに電話していた。

 兄弟同士で殴り合いの喧嘩も始まり、カーペットに嘔吐したり、小便だってトイレではなく庭の花壇に向かって行っていた。

 姉の一人なんて、ブラジャーに隠していたドラッグを引っ張り出し「ふぅ、久々にキメちゃおうかな。なんだか、セックスしたくなっちゃった」なんて言い始め、ミニスカートなのに大股開き状態でソファーに寝転がっていた。


 ラプンツェルハウスからのただごとではない騒ぎに、近隣住民の幾人かが文句を言いにやって来たも、凶悪面にも程があるラプンツェルの父親と兄たちを見るなり、「ななな何でもないですっ! おおおお休みなさいっっ!」と自分たちの家へとピューンと逃げ帰っていった。

 

 ラプンツェルと近隣住民の恐怖の一夜が、この夜だけで終わったならマシだった。

 けれども、そうはいかなかった。

 奴らは、そのままラプンツェルの家に入り浸ってしまったのだ。

 ラプンツェルの大切な家は、群れとなってやってきたハイエナどもによって無惨に蹂躙されてしまった。


 当然、ラプンツェルの銀行残高も「私たちはお前の家族でしょ」「家族は助け合うものだ」「お前の金は、俺たち家族の皆のものでもあるんだ」という圧力のもと、みるみるうちに削り取られていった。

 

 こんな日々が続き、ついに胃に穴があいてしまったラプンツェルは倒れ、救急車で運ばれた。

「あんな人たちが私と血の繋がった家族だったなんて。あの塔に帰りたい。おば様に守られていた頃に戻りたい」とラプンツェルは病室で泣き続けるばかりであった。


 気の毒なラプンツェル。

 もはや、婚活どころではない。

 よって、ネットという大海から拾い上げた幾つかの声を持ってして、この物語を締めくくることとしよう。



※※※


 私、ラプンツェルハウスの近所に住んでいるんだけど超迷惑!

 普通に道に唾吐くし、所かまわず立ちションするし、他人の花壇に煙草のポイ捨てするし、毎晩、大音量で音楽かけて騒いでいるし!

 ラプンツェル姉の一人なんて、乳首が見えそうなぐらい下品な服着て、路上でうちの旦那に「ヤらせてあげるから、お小遣いくれない?」って声かけてきたし!


※※※


 よくよく考えてみると、純朴でスれていない風のラプンツェルたんだって、あの凄まじい家族の元で育っていたなら、何でもありの超絶DQN娘に仕上がっていたってコトかよorz


※※※

 

 私が思いますに、ゴーテル受刑者は考え方と育児法が極端過ぎただけで、ラプンツェルの家族に比べたら、ほんのわずかにマシかと。


※※※


 ゴーテルババアの”優しい虐待”とラプンツェルファミリーの”犯罪者教育”、お前らならどっちを選ぶよ?

 

※※※


 噂に聞いたけど、ラプンツェルの兄たちがグリムンのところに挨拶に行ったらしいじゃんwww

「てめえ、俺らの妹とヤッただろ! タダでいい思いできたと思うなよ、金払え!」ってwww

 タトゥーだらけで筋肉ムッキムキのラプンツェル兄の一人に、胸倉を掴まれて吊るし上げられ、足をバタバタさせているグリムンを見た人がいるとかいないとかwww


※※※


 私、空港でグリムンとラプンツェルを見たことある。

 グリムンは想像していたより背が低くてガリヒョロだった。

 ラプンツェルの方が女ながらに体格良かったぐらい。別にデブってわけじゃなかったけど。

 もしかして、長身で骨組みがしっかりしてるラプンツェルの体型は、やたら血の気が多くて攻撃的なDQNファミリーたちの血筋なのかも。


※※※


 ラプンツェルさんが可哀想じゃないですか? 

 先日、とうとうグリムンさんとのコンビまで解消しちゃったし。

 正直、ラプンツェルさんは容姿や一芸に秀でている人ではないと思います。

 ですが、多才なグリムンさんに出会えたことによって一躍セレブリティの仲間入りというドリームを見せてくれていたのに。


※※※


 『ラプンツェルの婚活大作戦!』なんだけど、本当に楽しみでチャンネル登録までしてたのに、打ち切りなんてヒドス!

 でも、今まで通り婚活を続けている場合じゃないよね。

 彼女が有名になっちゃって、一般人の女の子の収入を遥かに上回るお金を手に入れたことが、血の繋がった家族にたかられまくるという不幸の元になっちゃった。


※※※ 


 ほんと、マジでキッツいわw

 ラプンツェルの王子様になろうものなら、あのラプンツェルファミリーが一ダースがまるまるついてくるんだぜ。繁殖能力の高いあいつらは、そのうち一ダース以上になるのは確実だし、まだなっていないことの方が不思議だっての。

 ハードモード過ぎる修羅の道に、誰が好き好んで足を踏み入れるか。

 絶対に尻の毛までブチブチむしられたうえ、最終的には掘られそうw


※※※


 親は親、子どもは子ども、兄姉は兄姉、妹は妹、それぞれ別の人間っていう綺麗ごとを口で言っても、実際にそうは見てくれない人の方が世間では多いのです。

 家族の中に一人だけ手の付けられないアウトローがいるならまだしも、ラプンツェルの場合は彼女以外の全員、手の付けられないアウトロー揃いですから。

 彼女の婚活に翳りがさしているというよりも、もはや彼女のバックは真っ黒、ドス黒な現代版『ラプンツェル』です。


※※※ 


 彼女の全てを受け入れてくれる王子様が見つかるといいね。

 ラプンツェルの婚活にどうか幸あれ!


※※※ 


(了)

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ドス黒なずみ童話 ⑤ ~どこかで聞いたような設定の娘の婚活~【なずみのホラー便 第44弾】 なずみ智子 @nazumi_tomoko

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