第4話 教室

「女神様が男と手を繋いでいるぞ!」

「神崎さんが?!」

 学校は一段と騒々しい。


 それに……

「女神様って」

「何よ! こっちだって迷惑なのよ!」

 キッと彼女が睨むと登校したばかりの生徒達が彼女に道を譲る。


「きゃー、西園寺くん」

「西園寺様」

「王子様」

 茶髪も人気者のようで、キャーキャーと女子の悲鳴。

 彼も満更では無い様子で、皆に手を振り挨拶をしている。


「盛りのついた馬鹿は放っておきなさい」

「あっ」

「何これ、あなた、デイリークエストまだ消化してないじゃない、馬鹿なの! ねぇ、やる気あるの?」

「いい加減、スマホ取り上げるのやめてくれないかな」

「いやよっっ!」

 イーッと口を結び、スマホを僕から遠ざける。


「それしても相変わらず、うるさい外野ね」

 教室に入ってからも周囲から「女神様」という単語が聞こえる。


「女神様といえば、女神様の限定クエ……、全然、進んでないじゃない、序盤のストーリークエが途中って、あなた!」

「とにかく返せよ」

「やだっ、あなた、星三、こんなにカンストさせてる、薄着の子ばっかり育ててるじゃない、いやね、エッチ」

 ごめんなさい、ごめんなさい、声が大きいからもっと小さく!


「あなた、もしかしてロリコン?」

 ジト目で僕を睨む。


「どうでも良いだろ? 返せよ!」

「それと、あなた、ガチャちやんと回してる?」

 スッと差し出されたスマホを受け取りながら、

「そりゃ一日、一回は……」

「へぇー、無課金なんだ、律儀ね」

 いやいや、課金すんなよ、それに、僕はガチじゃないし……。


「決めた、私と一緒に放課後、バイトなさいっ!」

「えっ!!」

「学校の手続きは簡単よ、私は学級委員長だしねっ。それと……」

 彼女は僕から離れると窓際の席を蹴飛ばした。

「あなた、西崎くんに席を譲りなさい!」

「えーー!!」

 席に座っていた男子生徒が驚きの声を上げた。

 いや、僕もびっくりです。


 めちゃくちゃだな! この子!!


 甲高い耳障りな女性の声、

「神崎さん、あなた、それは横暴よ! 西くんの席なら、ちゃんとあるじゃない!」

 声の主の女子は、教室の隅、廊下側の席を指差した。

 あと、僕は西だ!


「黙りなさい! 縦ロール、あなたはテニスでもやってなさい! それにあそこからじゃ海が見えないし、私から遠いじゃない!!」

「テニスなんかしないし、あなた、めちゃくちゃよ!」

 あぁ、確かに縦ロールだし、テニスやってそうだけど、そんな彼女に僕は同情したい。


「私の隣の席なんだから、私の好きにするわ! それに、この……、この……くん」

 まさか! クラスメイトの名前をまだ覚えてらっしゃらない!


「ね、……くん、良いわよねっ。廊下側の寂しい席に移動しなさい!」

「い、いやです!」

 おお、天晴れだ! ……くん!


「いいよ、僕は廊下側でも」

 正直、隣が壁なら僕はどっちでも構わない。


「い、や、です!」

 ドンと再び哀れな窓際の席を彼女は蹴った。


「あっ、西園寺くん、何とかして」

 縦ロールが王子様に救援を依頼した。


「ジークフリードは、私に賛成よね」

 おい、それ、ゲーム名だろ! しかも今朝付けたばかりの!

 事の成り行きを手短に縦ロールから聞いたジークフリード、もとい王子様の口が開く。

西くんが君の隣になるのは反対だな」

 爽やかな笑顔で歯を光らせる。

 こぇーよ!

 それに、お前も、理由がめちゃくちゃだぜ!


 一限目の始まりが近づき、僕たち四人を残し、皆、席に座っている。

 女神様こと神崎さん、王子様こと西園寺くん、そして、縦ロールの女子、最後に僕の四人が教室でにらみ合う格好だ。


「だから、僕は、あそこでも良いって」

「だ、め、よ! 私が許さないわ!」

 もう、わがままだなぁー。


「なら、多数決をしましょう! 私に賛成の人、挙手願います」

 誰も手を挙げない……。


「なによ! 立候補もしてない、私を学級委員長にしたくせに、あなた、やっぱり退きなさい!」

 ドンドンと机を蹴る彼女。

 可哀想だな、……くん。


「さやか、諦めるだ」

 さやか? たしか、彼女の名前は神崎さやかだっけ!

「きもっ、近寄らないで! 通報するわよ!」

 王子様に彼女は布製の筆箱をぶん投げた。

 彼はそれを見事にキャッチし傍に思いっきり投げ捨てた。

 ちなみに、筆箱は、……くんのだ。


 ほんと、ごめんね……。


 たまらず、興奮する神崎さん、彼女の肩に手を置く、すると、不思議と彼女は静かになった。

「もう、いいよ、大丈夫だから」

「でも……」

 彼女から騒がしいオーラが消えると、清楚で美少女という圧倒的な雰囲気が漂い始め、全てをかき消して行く。


 そんな彼女が涙目でしゅんとしている。


 胸がキュンとなる。

 それは、皆も同じようで、迫害されていた……くんの腰が浮く。


 その時、縦ロールと別の女子の声が聞こえた。

「さやかちゃん、私と席を変わりましょう」

 神崎さんの虚ろな目は変わらない。それでは、彼女の望む結末にはならないからだろう。


「私の横、一つ席が置けるスペースがあるわ、そこに西くんの席を移動すれば良いわ」

 確かに、一番後ろの彼女の席の横には窓側に空きスペースがあった。


 ビクッと小動物のような反応を見せる神崎さん。

 彼女の頭に、僕には猫耳が見えていた。


「ありがとう! 律ちゃーん!」

 神崎さんは、満面の笑みで彼女に抱きついた。


 こうして、僕の席は神崎さんの望み通りになった。


 もちろん、休み時間、迷惑をかけた……くんに謝罪にいくも、

「君みたいなリア充は、爆死しろ!」

 と言い、その後は沈黙を貫かれた。


 僕は、決してリア充じゃないんだけど……。


 それに、いつの間にか、前の席には王子様が……。

「西浦くん、君がそういう手を使うなら、僕もそうするまでさ」

 と歯を光らせる。

「にしざき、西崎だ!」


 あと、縦ロールは、すれ違う度に、僕を睨み、ツンとする。


 僕も、被害者なような気がするんですけど……。


 こうして、僕の人間関係の広がりは閉ざされた。


 放課後、

「じゃぁ、バイトに行くわよ」

 と彼女は言う。


 やっぱり、行くんですか、そうですか……。


 僕は、渋々、彼女についていく。

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