第3話 葬式
日常は突然壊された。
父さんと母さん、そして妹が一緒に家族旅行に出かけた翌日、スマホが鳴った。
珍しい相手、母さんの弟、叔父さんからの一報。
「落ち着いて聞け、姉さん、いや、お前の……」
世界から切り離される感覚、一人、崖の下に落とされた様な衝撃。
脳は声を言葉に変換し、事実を否応なく認識させる。
叔父さんは、家族三人、旅先の事故で命を失ったと伝えてきた。
それからは、あっという間だ。
葬儀屋と一緒に現れた叔父さんが僕に確認を取りながら段取りを進めていく。
病院から葬儀場に運ばれてきた遺体。
血の気は無いが、皆、安らかに眠っている様に見えた。
「顔に傷が無くて良かった……、姉さん……」
叔父さんが、母さんの遺体を見て泣き崩れた。
僕の心は乾いていた。
涙は一滴も流れない。
そして、淡々と通夜が始まる。
その場で事故を起こした運転手とその雇い主が土下座した。
親戚が浴びせる罵詈雑言。
冷ややかに、冷静に、それを眺める僕。
事故原因は崖崩れだ。
運転手に非はない。
軽傷で生き残ったのが辛いと思える運転手、それに、遠いところわざわざ出向いて謝罪をする雇い主、きっと彼らは良い人なのだろう……。
そう、彼らの苦しみも僕のせいだ。
僕が卒業式の次の日に交通事故に遭わず、春休みに家族旅行に行ってれば……。
変わらない日常は守られたはずだ。
お世話になった先生方が通夜に来られた。
礼を述べると共に、葬儀は親しい者だけでするので参列も同級生達への連絡も遠慮してもらった。
入学した高校にも同様に伝え、しばらく休む旨を伝え、ひと段落つく。
それでも、夜分遅くまで通夜の場に人が途切れることはなく、線香の香りが部屋に充満した。
「落ち着きすぎじゃないの……、あの子」
親戚の声が時折、聞こえる。
それと裏腹に、事あるごとに、叔父さんは僕の肩に手を置き、
「しっかりしろよ」
と励ました。
悲しみも動揺も、感情を持たない僕には感じない。
だから涙だって一滴も流さない。ほら、また人が泣いている……なのに、僕の心は氷の様に冷たくなった。
あくる日、葬儀が始まる。
小さな葬儀会場に人が溢れる。
セーラー服を着た妹の同級生が輪になって泣いていた。
父さんや母さんの知り合いもいっぱい来て悲しみに暮れている。
僕は、沢山の人に励まされ、その都度、罪の意識に潰されそうになった。
大勢から愛される可愛い妹、いつも陽気で明るい母さん、会社では人望があった父さん、大勢が死を悲しむ。
愛想がないと、親戚の間では評判の僕の前で、人々が家族の死に涙した。
葬儀屋の紹介と共にお坊様が姿を現した。
深々とお辞儀をし、お経が始まる。
規則正しい木魚のリズム、時折響く鐘の音が心に響き、痛く感じた。
お経が終わり、棺桶に花を添えていく。
皆、沢山、入れてくれた。
最後に僕が、父さん、母さんの、特に妹の棺桶には、沢山の花を……、可愛い物には目がない彼女には、沢山の、沢山の……花を添えてやった。
暖かく華やかに……、彼女達が暮らせるように願いを込めて花を添えた。
最後に喪主の挨拶、「お忙しい中、参列ありがとうございます」、一言しか言えない僕、見かねた叔父さんが立派な言葉を並べて整えた。
葬儀とは段取りが細かく定められており、落ち着く間もなく慌ただしい。
すぐに、次の仕事がやってくる。
こうして僕は、山深い場所に火葬場があると初めて知った。
棺桶を火葬場に預けると小部屋に案内される。
窓から見える新緑の若葉が枝を揺らす。
蝶が鉢植えで羽を休めていた。
親戚が集まりこれからを話す。
僕をどうするか、学費、生活費、墓の維持費、金の話ばかり……。
「もう、やめましょう。
「あなた……」
叔父さんが話を打ち切り、その連れは、不満そうな表情を見せた。
風が窓を叩く、外の枝が大きく揺れた。
鉢植えには、蝶の姿は消えていた。
呼びに来た係についていく。
骨を拾う為だ。
金属製の大きな台車三台に、其々、骨が横たわっていた。
係が、どれが誰の骨かを事務的に説明していく。
鬱陶しい奴……。
見れば分かるじゃないか……。
一番、小さな骨は、妹で……、太い骨が父さん、それに、あれが母さんの骨。それらはみんな生前より小さく、寒そうに乾いていた。
台車に残った熱が僕を溶かす。
骨壷に一つ一つ骨を詰める。
要所の骨を係が説明をしながら砕く、乾いた音が響き、とても、その行為が腹ただしく感じた。
「最後まで泣かなかったわね、あの子、やだやだ」
解散する時、風が声を運んで来た。
叔父さんは僕を支え、車まで案内してくれた。
「死ぬなよ、それが、一人暮らしの条件だ」
突然、車内で叔父さんが話しかけてきた。
死ぬなよ?
「そんな事、しないよ、僕は冷たいからね」
「いや、君が一番、心配だ、僕は姉さんの弟だからね」
死ぬとか馬鹿だろ?
丁寧に包まれた三つの骨壷から伝わる重さと温もり。
「僕も一緒に行けば良かった……」
氷が溶ける。
妹が言った最後の言葉、「お兄ちゃん、バイバイ」が聞こえた気がした。
「僕は馬鹿だ」
溶けた氷から溢れた水が目から止めどなく流れ出る。
「今日は、うちに泊まっていけ」
「大丈夫です。家に、皆んなと帰りたい」
愛想が無いのが僕の取り柄。
「そうか、お前らしいな……、たまに、遊びに行くから散らかすなよ」
「はい……」
叔父さんは、何も言わず、僕を家に送り届けた。
こうして、僕は孤独になったと思っていた。
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