第2話 旅の途中で

 人家が疎らな郊外から駅へ向かうバスに二人で慌てて乗り込んだ。


 息を切らす僕ら。

 まだ乗客が少ない車内にはエンジン音が響いていた。


 窓側に座った僕に隣の彼女の肩が触れる。彼女の呼吸がリズムとなって身体に伝わって来た。

 恥ずかしくなった僕は、窓の方へと体重を預けるようにして逃げる。

 エンジン音が高まり車内がガタガタと震えだす、すぐにバスは目的地に向け走り出した。


「ちゃんと景色を見てなさいよ」

 神崎さやか、今日はじめて会った彼女は、妙に馴れ馴れしい。

 今だってほら、窓辺へと身を乗り出してきた彼女が、せっかく逃げたのに近い、制服の生地と生地が触れ合っているだけなのに、心地よい重みと温もりを不思議と感じ、僕の心を乱す。


「どうしたの、何か反応なさい」

 めちゃくちゃだな。


「近い、近い!」

 顔が近い、唇が触れそう!


 バスが停車した。勢いで彼女の額が頬に当たる。

「イテッ」

「あらっ、ごめんなさい」

 離れた彼女は耳を赤くして前向きに座り直して謝罪した。


 彼女の当たった頬を撫でる、空気が甘酸っぱい。不謹慎にも久し振りに、少し心が踊ってしまい、自らを戒めた。


 口をギョッと横一文字に結ぶ。

 もう、動揺はしまい!


「残念だったわね」

 自らの人差し指で唇を触りながら悪戯な笑みを浮かべ、僕を覗き見る。


 ドキドキと心音が高まる。

 くそっ、落ち着け!


 どうやら住宅街のバス停に止まったようで、新たな乗客が次々と乗り込んできた。

 スーツ姿より、学生服姿の男女が多い。

 それでも、見知った顔がいないことにホッとした。


「今日の海は気持ち良さそうね、ほら、船か見えるわ」

 小さな船が白波を引き連れて懸命に沖の方へと進んでいる。

 建物の隙間から海が覗く度、彼女は騒ぐ、それが僕を惨めにさせる。


 いつの間にか乗客で埋まった車内の雑音。

「見ろよ、あれ」

「うっわ……」

 ヒソヒソと聞こえる声。


「少し黙っててくれないか」

 ポケットからスマホを取り出すとゲーム画面を開く、タイトル画面が薄着の美少女のファンタジーゲーム。


「誰が? 私が?」

 そう呟きながら画面を覗く彼女、これで少しは僕との距離も開くだろう。


「あら、それ、私もやってるわよ」

 はい、そうですか!


 この手のゲームの女の子プレイヤーは、ネカマに違いないと思っていたが……。


「へっへーん、見て見て、強いでしょ」

 あら、しかも、ガチですか、ガチなんですね……。


 種族エルフを選択している彼女のキャラメイクは一言で言うとエロい、その上、カンストしてらっしゃる。装備名も課金の匂いがムンムン!

 実物が清楚な雰囲気があるだけに……って、行動は、ちょっと疑問符なんだけど……。


 案外、いやいや、しかししかし!


「ねぇ、レイドボス倒しちゃう、一緒に倒そうよ!」

 何やらスマホをいじり出し、通知があっという間に来た。


「早く、フレンド登録なさいっっ!」

「でも、枠が一杯で……」

「ちょっと貸しなさい、もう、こんなに放置民を登録して、馬鹿なの? やる気あるの?」

 彼女から返されたスマホには彼女が登録されていた。


「ついでに私のスマホも登録して置いたからこれで準備万端ね」

「万端って?」

「このゲーム、チャット機能が弱いのね、だから……」

 彼女の長〜い講釈、つまり、ゲーム画面を見せ合ったり、文字で辛い時は、直電がてっとり早いらしい。


「あっ、誰でもって訳じゃないわ、あなただからよ、どうせお隣さんでしょ!」

 彼女のよく通る声、車内からクスッと笑い声が聞こえた。


 ああ、単に隣に住んでる、そういう間柄なんだなという納得の笑い声。


「外野がうるさいわね、どうせ外見しか見てないくせに……。私が見ているのは、西崎くん、あなたよ! たまたま隣に住んでいただけ、引っ越し先の隣人があなただったなんて、私には幸運よ」

 静まり返る車内。

 それでも、居心地の悪さは変わらない。


「君は僕の何を知っている?」

「あなたは私を見てくれた、それが、嬉しかったのよ」

 彼女は、はにかんだ笑顔を見せた。


 何、それ、意味が分かりません!

 今日会ったばかりの初対面じゃん!


 終点の駅に着いた事を告げるバスの運転手。

 慌てて降りる乗客達。


「あら、もう着いたのね、早くいきましょ、電車に乗ってる間に、レイドボス、二、三体は倒すわよ」

 彼女はグングンと僕の手を引きながら人混みをかき分け進んで行く。


 せっかくの美人が台無しだ。


 駅のホームに着いた。

 周囲より高い位置にあるホームからは、間近の海が一望できる。

 砂浜に人影がチラホラと見える。


「泳ぎに行く?」

「いや、別に……」

「そうよね、夏の水着イベント、あれを全制覇するには時間が惜しいわ」

 うふふ、去年はしくじったから、今年こそは、という心の声を漏らしながら、スマホを彼女はいじっている。


「神崎さん、おはよう」

 品の良い茶髪イケメンが話しかけてきた。

 僕とは違う人種。


 彼女は、スマホをいじりながら僕の背に回り、盾にした。

「馬鹿、死ね、消えろ!」

 スマホには彼女から通知が来た。

 レイドボスを見つけたらしい。


 はやっ!


 さては呼び笛とかいう課金アイテム使ったな。


「君は?」

 イケメンの柔らかな表情、王子様とか女子から呼ばれてそうだなお前……。


「西崎です」

「いや、彼女との関係を聞いてるんだ、友達かな?」

 うん、はっきり言って、分かりません!

 強いて言えば、

「隣人です」

 王子様の嬉しいそうな顔。


 ぐわっ!

 横腹に彼女の肘が入った。


「彼氏よっっ! だから、消えなさい、あなたの下品な茶髪は目障りよ!」

「冗談だろ?」

 王子様が俺に同意を求める。


 どれがだろうか、彼氏? それとも、王子様がお下品という下りか?


「君が彼女の彼氏の訳がない、そうだろ?」

 またまた、駅がざわつく、男女の揉め事は、いつの時代も人々の好物だったに違いない。


「はい、彼は私の彼氏ですっ! そして、あなた早くゲームしなさいっっ!」

 彼女は、ピッタリと身体をくっつけ僕のスマホをいじった。

 腕に当たった彼女の胸の膨らみは、充分な弾力を主張し、見かけより大きな事を主張した。


「なんだ、ゲーム友達か」

 勝ち誇るように画面を覗きみる王子様、そして、彼はスマホを取り出しいじり始める。


「やめておきなさい、下心丸出しで始めても、私たちには到底かなわないわ、一撃よっっ!」

 ごめんなさい、今、正に、僕は一撃でレイドボスに倒されました。


「おバカ、何してんの見せなさいっ!」

 またまた、スマホを取り上げられました。

 彼女は所有権という概念を知っているのだろうか?

 はたまた、某国民的アニメの有名いじめっ子と同様な解釈をしているのでしょうか?


「何、これ、今日からみっちり特訓よ! 一日中、私が付き合ってあげる!」

 その様子に王子様の歯が光る。

「君がゲーム好きなら、直ぐに追いつくさ、神崎さん」

「ゲームが一番好きって訳じゃないのよ」

 あかんべをしながら彼女は、僕の腕に絡むように抱きついた。


「負けないさ」

 王子様は僕に微笑んだ、

 やだ、なんか気持ち悪い……。


「それに、今日は、放課後、委員会の仕事だろ、学級委員長」

「あなたに、全権委任するわ、副委員長、ついでに、私の不信任案を私が提出しとくわよ」

「それは困ったな、君が辞職するなら、僕も失職だ」

「あら、何なら、西崎くんと交代なさい、彼も同じクラスよ」

 王子様は、しげしげと僕を見ながら、ちょっと借りるね! とスマホを取り上げる。


「通知送っといたよ不登校児くん、あと、みかんさん、承諾よろしくね」

「ごめんなさーい、拒否設定したわ、ジーグフリードくん、見かけたら速攻で殺すわよ」

「君が相手なら何度でも殺されるさ」

「きもっ」

 彼女と初めて意見が一致した。


 学校には、葬式の時、事情は伏せるようにお願いをしていた。

 それでも、実際、クラスメートから不登校児認定されているのは辛い。


 まぁ、知らない人から同情されるよりは、ましか……。


 どちらにせよ、不登校じゃなくても一人で送る学校生活は変わらなかったかもしれない。







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