第459話―夕刻のアイドル青空は―
今日の献立はアヒージョにしよう。
昇っていた日は地平線の下へと回ろうと燃えるような光が地面を照らしていた。冬雅が隣に帰ってから俺はエコバッグを持って買い出すのを忘れた食品を急いで近くのスーパーに自転車のベダルを漕いでいた。
もちろん対面や曲がり角には気をつけて安全運転で走っている。
「あのお願いしたいことが――」
公園を横切る。どこか聞き慣れた声が漏れ聞こえてきたが関心はすぐに無関心となる。
「アニイィィ!どうして置いていくんですか!?無視しないでくださいよ」
「その声……ネコネコ!?」
ブレーキをにぎってスピードをゆっくりと落として片足を地面に着けて止めて肩越しに振り返る。
呼称から誰かが予想はしていたが初夏に付けてもおかしくないサングラスをした猫塚李澄さん。いや、それはアイドルネーム、本名は猫塚青空が走って隣で止まると手を膝につけて肩で荒々しく息をする。
「はぁ……はぁ……どう、して逃げるんですか。ショックでした……よ。
ハァ、ハァ……ハァ」
そこまで走って追いかけられた距離じゃないと思うのだが何故だろう。
なぜなにナデシコ。
しかしカワイイ衣装をしたルリは現れることはなかった。
「まさか猫塚さんがいるとは思わなくて……ごめん猫塚さん。
お詫びにジュースとか奢るよ」
「いらないです」
さすがにジュースは無かったかな。
幼い年齢ならともかく、現役アイドルの高校生からすればお詫びとして奢られても困るだけだろうし。
おもむろに猫塚さんは右手を人差し指を突き出して向けて口を開く。
「その代わりになんですけど……
わ、私を一日だけ泊まらせてもらえませんか?」
「丁重に断らせてもらいます」
俺は小さく頭の角度を下げる。さて、行くかと頭を上げてペダルを踏もうと足を上げる。
「えぇーッ!?待ってください。
これを言うのもアレですけど国民的なアイドルの誘いを断るのおかしくないですか。それも即答をして」
「いや、逆に嬉々として二つ返事の方がおかしいと思うんだけど。
いくらアイドルと言っても未成年に泊めるのは」
公衆の場でアイドルと口にすると
誰に聞こえているか分からないぞ猫塚さん。
そういう危ない誘いは冬雅や真奈で散々とやられているので魅力的な誘いには耐性がついてしまった。
2年前であったら心が揺らいで返事を遅れていたであろう。
「ただ、兄の泊まりたいとかじゃないんです。登校するよりも早く翌朝から近くで撮影を行うことになっておりまして今から帰るのは遠くて、お願い出来ませんか?」
祈るように両手を組んで救済を求めるようにして目を向けてきた。
その手法をよく目にするのだが最近の若い女の子ブームでしょうか?
「分かったよ。まぁ、家にいるのは俺だけじゃないからね」
俺は自転車から降りる。猫塚さんが家に泊まるなら移動は徒歩になる。
「はい?……あっ、友達から聞いた話では弟さんが確か同居していたのでしたよね兄は」
弟の移山なら、ワクチンを接種してからバリバリと働いており今日は帰ってこない。
「あー、いやそうじゃなくて……
真奈も泊まることになっているんだ」
「…………………はい?」
何を言っているんだこの人はという顔で返された。猫塚さんよ、その素のリアクションは心が痛くなります。
忘れた食材を買ってから猫塚さんと道中でアイドル苦労話を聞き手になって歩き進んで、たどり着いて鍵を開けてドアを開く。
「ただいま真奈」
帰宅した人が使うセリフ一択を告げる。リビングに勉強していたのか開けて真奈は玄関に近寄る。
「おかえりなさい。あの、お兄さん後ろにいるのは」
「あ、愛の巣に勝手に訪れてしまい……すみません」
「愛の巣……そ、そんなことないよ。
さぁ外は暑かったよ。中に入って、ゆっくりしていってねぇ」
後ろに隠れていた猫塚さんは顔を出しながら謝罪と計算したような言葉に真奈は嬉しそうに照れて上機嫌になる。
……どうしてかな俺も照れが発生しているのだけど。
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