第352話―暗闇の小雪8―
真奈と別れてから最後となる花恋を送る。そうなれば話し相手は俺へ間断なく言葉を掛ける。
「失礼な発言を今からしますけど、東洋お兄ちゃんヤバいほどインドアなのに女の子にモテるにもほどがあると思うんですよ。
普通にありえないんですよ、アタックしないと恋人は出来ないんですから…あれ?恋人いないんでしたね。
でしたら長くいる私達なんだか…凄く仲がいいですよねぇ」
「そ、そうだね…」
怒ったり喜んだりとした感情を
「東洋お兄ちゃんもそう思っていたんだ…ふわぁーって気持ちでヤバい嬉しい」
それはどういう意味を持つのか
意思の伝達は何も言葉だけではない、表情に現れたり声の変化で窺える。
声音は上擦っていて表情を読もうと顔を露骨に覗くわけにはいかないので
(ああ、ようするに心が満ちるように舞い上がっているのか)
そこを指摘して
花恋が積極的になって今は熱くなっているのを冷めるまで不要に声を掛けないようにして静寂が包む。
俺と花恋の足音と、どこから車の走る音のみが聞こえるのみで今日の余韻を感じるには良かった。
高揚感をクールダウンして考察に没頭にもなる今の静寂は心地良かった。
「何か話を振ってよ」
穏やかになっているのは俺だけだった。必ずしも感じているのを同じとはならない。
「急に話をしろと要求されても無くは無いけど。花恋が思ったような1日じゃ無かったけど楽しかった…かな?」
もはや因果を操作をしたと疑いたくなるような確率でペネや猫塚さんと会ってしまった。
本来なら二人でデートのような事をして真奈と後から合流するはずだった。そこに不満があってもおかしくはなかったが―――
「もちろんだよ。サファイアと猫塚の二人すごく仲良くなれたし。
楽しいに決まっているじゃん!」
開花するような笑顔で返事をした。あんなに
「それは良かった。あの二人も同じ気持ちでいるだろうね」
「それはそうと東洋お兄ちゃん他にも私の知らない女の子いない?」
「…………」
予想外な質問だった。おかしいなぁ、咎めるような目で笑顔を向けられると不倫しているのか詰問されているみたいだ。
「どうしてそんな事を?」
「真奈さんの困ったような笑いで。他の女の子を見てなんだか慣れているようだったでしたから、
おそらく初めてじゃないのは普通に考えたら至りますよ」
「け、慧眼で。きっと紹介する機会が訪れるよ…遠くない未来に」
そう応えるしかなかった俺だった。
それから静寂だったのが花恋の質問攻めに対応することに強いられるのだった。そして冬雅がいた家を通り過ぎるのを俺は見上げながら去来するのは懐古心。
一年どころか半年さえも別れてもいないのに懐かしむなんて。
「あの家をよく見るけど何かあったの」
「いや…何でもないよ」
ただ気になったのに強引に話を断つ。花恋は驚いて、それ以上を聞こうとしなかった。何か聞いてはいけないと悟っり追求はしなかった。その優しさに心で感謝をして
他愛のない話を続ける。
公園が近づく。ここは冬雅に大好きと告白される前に世間話と相談をしていた。楽しく尊き思い出は聖域のようになる。そこが、ただの公園でも。
「っ―――!?」
通り過ぎようとして足を止める。
こんな夜更けに女の子が物思いに
ズレが目立つ三編みにツインテールという自由気ままな黒髪をして
貰い物なのか黒のロングコートは大きくて大人用を子供が来たような違和感を覚える。橙色のシャツ、ジーンズ、大きいメガネはアンバランスだった。
足を止まってしまったのはこんな時間、格好でもない。見ているだけで感情が強くなっていく。
「東洋お兄ちゃん?」
公園の前に立ち止まる俺に花恋は声を掛ける。視線は、ずっと缶コーヒーを持って座る彼女は強い既視感がある。
声が聞こえたのだろう彼女はこちらに向くと大きく口を開けて驚愕する。
(…もしかして……)
正面から見た彼女は知らない人だ。
けど容姿は変えても振る舞いや座り方や…表情がよく知っていた。
右足を前にして進む、失望感を漂わせる彼女に向かって進み、前に立つ。
「冬雅…なのか?」
人違いの可能性は無いのか発想はあったけど不思議にも確信があった。
確信した根拠をあまりにも曖昧で信じるには足りない。
重ねて見えるほど冬雅で、細かい動きを鮮明に眠ている思い出にあった。
「…違います。人違いです」
「違わない、その声をよく知っている。冬雅の声だって…避けないといけない事情があったりするのか」
「…………」
応えずに冬雅は沈黙を選択する。
どうしていつもと違う髪型と格好で変装みたいな事をしたのか。
分からない事はあったけど久しぶりに会えた事に心は歓喜していた。
「えーと、割り込む形で申し訳ないのですが東洋お兄ちゃんこの子は?」
陽気に振る舞い尋ねる花恋。
「お兄ちゃんまた新しい妹が増えたんですねぇ」
「い、いや新しい妹じゃないんだけど…」
そう感慨深げに微笑まれても反応に困るのだけど冬雅。こんな日常生活から乖離したようなやり取りは懐かしく感じて、戻れるのではないかと希望を抱いた。
「それじゃあ、私はこれで」
だけど現実は常に裏切られる。
これ以上は話はしないと言わんばかりに冬雅は腰を上げて立ち去ろうとする。
何か隠していないか?確証はなかったがこの推測は妄想だと一蹴するには唐突すぎる。このまま動かなかったら2度と戻らない気がする。
「ま、待って!語ってくれないか…力になれるかもしれない。
最後に会った日を考えたんだ。愛が真逆になるのは突然だと否定はしない。
けど、冬雅は…そんな事はないかって思うんだ。もし、そうだとすれば力に――」
「何か誤解をしているみたいですけど冷めたのです」
冷淡に遮られた。淡々としていて冷たい対応は寒風が強くなったように感じる。
「冬…雅…」
どう声を紡げばいいのか。覚束なくなり浮いているようで不安定に陥るような苦しさだった。
「もう…終わった。幻だと無理に納得してください。冷めて、もう会いたくないんです」
淡々とした声で言う冬雅。そこには感情を持つほど価値に値しないと無関心な声だった。
金縛りにあったように動かなくなる。冬雅は溜息をしてここから出ようとする。
「ま、待ってください!」
引き止めようと叫んだのは花恋。ゆっくりと振り返る冬雅。まさか声を掛けられたとは思わず困惑の表情を見せる。
「花恋?」
呆けるような俺の声には応えないまま花恋は冬雅に言葉を継げる。
「何があったか知りませんけど、あんな言い方は無いんじゃないですかね。何を元カノみたいな雰囲気を出しているんですか!
それで…よく分からないけど応えるべきだと思います」
花恋は怒っていた。それが俺のためになのが意外で俺は言葉を失っていた。冬雅も見知らぬ女の子に
指摘された事に狼狽していた。
花恋は、言い切ると深呼吸をして冬雅の反応を待つ。
どれほど時間が経つか、俯いていた冬雅は顔を上げると花恋に微笑を浮かべる。
「それじゃあ、お兄ちゃんの事を……よろしくお願いするねぇ」
「は?」
冬雅は花恋に会釈をした後に、走って公園から離れていく。思考が一時的に動かなくなったように止まっていると、一人での夜道は危険だということに遅れて気づき俺は硬直から脱して追いかけようとしたが、もう姿が見えない。
どれだけフリーズしていたのか。
(追いつけるのか…迷うぐらいなら走らないと!)
元々の運動不足もあり息切れは早く起きてしまい、マスクを着用しているのもあって速度を落とす。
冬雅は優れた運動神経の持ち主で呼吸を求める頃には俺は歩いているか。
それでも追いかけようとするが、背後から走り接近しようとする人がいる。
「ねぇ、追いつけた?」
「いや追いつけていないよ。
…あれだけ足が速いと追いつけそうにないなぁ。
さて、花恋そろそろ帰らないと」
きっと体力は俺よりもある花恋は走り続けれるだろうが、これ以上は無茶は出来ない。それに
追いつけないのは本音だった。
「いいんですか、追いかけなくて?」
「ああ。今からじゃ無理だから諦めるしかないよ」
それでも追いかけようとするのは最後になるからと抗っていた。
最後の邂逅に、おそらく二度と会えないかもしれない。
心は穴が出来たように虚空の風が吹き抜けていく。
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