第281話―夏休みの風物詩は―

「やっはろー、お兄ちゃん!」


目覚めて習慣の洗顔をしてからリビングに入ると朝食を作っていた冬雅が手を止めて小走りにやって

来て挨拶。


「やっはろー…ふ、冬雅」


オレガイル由比ヶ浜結衣ゆいがはまゆいが流行らせた挨拶をしてきた。これ美少年や美少女がやるならいいかもしれないけど

俺のような人間には抵抗感がある。

というよりも羞恥心が強い。


「えへへ。照れているお兄ちゃんかわいいです!

目覚めて早々と申し訳ないのですが試食してくれませんか?」


「試食?ああ、もちろんいいけど」


「やった!座って待っていてください」


早口でそう言うと踵を返して台所に戻っていく。俺はダイニングテーブルに座りPCを立ち上げて

執筆活動に入る。異世界ものを勢いで書いていく。評価が少ないともう自棄やけになって好きなようにして。


「あの試食を」


「そうだったね。試食してほしいといのは…パンケーキか」


「は、はい。お兄ちゃん前に食べたいとかなり前に言っていたので」


「なるほど…そんな事を俺は言った事を覚えていないのに冬雅はよく覚えているんだね」


「うん。それを聞いたわたきは、いつか食べさせようと決意してたので」


雪を欺けるチークから赤く染まり屈託ない笑みを今日も浮かべる。

テーブルに置かれたパンケーキを見下ろしてフォークを手に取り口に運ぶ。

クリームを多く使われて甘さが広がる。惜しくは珈琲コーヒーと一緒に食べたいほど美味だった。


「どう…でしょうか……お兄ちゃん」


「美味しい、多幸感に包まれていくような美味しいさだよ」


「そうなのですか…えへへ。お兄ちゃん今度はもっと多く作っておきますねぇ」


「それは、魅力的で心弾む!」


快晴日を告げる明窓めいそうの光に照らされるリビングで冬雅が満面な笑みは太陽よりも眩しく感じるのだった。

それから冬雅が今日も登校するのを見送り目覚めた比翼とリビングに戻る。ソファーに座ろうとするのを比翼が俺の前に回り込むと

快活で愛玩動物あいがんどうぶつの目から獲物を静かに狙う肉食動物な目になる。


「な、何かな比翼さん」


「比翼さんって…。どうしても応えて欲しいのだけど、おにいちゃんって真奈おねえちゃんと何をしているの?」


何を訊かれるのかと警戒していたら予想外な詰問に俺はどう答えればいいのか分からず考察に入る。

真奈とはいつもと変わらずだと思っているのだが比翼の目にはそう映ってはいないようだ。


「帰りが遅い」


「帰りが遅い?……ああ、家に送ってからか。いや、それは………ベンチに座って珈琲を飲んでいたら遅くなった」


「ちょっとよく分からないんだけど。法的に触れるような事とかしたとか」


間が長過ぎたのか怪しまれた比翼は迂回そうで実は核心的な言葉を発した。おそらく性交をしたのか疑われている。実際は不死川さんが趣味または夢で活動しているVチューバー手伝ってる。


「分かった。正直に答えるよ。

長くなるけど実は――」


投稿するのを手伝う経緯を手短に説明をした。比翼は頷いていたけど途中からは不機嫌そうになり、とうとう頷くこともやめてしまう。説明を終わると大きな溜め息をこぼした。


「おにいちゃん、もう少し嘘を上手い嘘をついたほうがいいよ。

怪我をしたから家に上がらせるなんて普通の女の子ならしないから」


出会った最初のところから否定された。まぁ軽い怪我をしただけで

家に送ることほどではないのだけど不死川のベースに流れて気づいたらそうなっていた感がある。

振り返っても、どうしてそうなったか釈然としないのだ。


「本当にあった話なんだけど」


「それもういいですから!

それで本当の事を言ってよ。バカじゃないのって責めたりするけど一緒に解決案とか考えてあげるから」


ようやくなって俺は比翼が心配してくれているのだと気づいた。

そうだ、どうして意図を読めなかったのか。帰りが遅くなれば

必然そうなる。姉のように慕う真奈だって心配している。

そして二人のうちに誰をそれを訊くとなると俺になる。

真奈ならすぐに白状するのは比翼も鋭い感性を持っていて考えに至らないわけがない。

そう斟酌しての判断で。


「…分かった。近いうちに、その助けた人と比翼も会いに行けるようにするよ」


「…分かったよ、おにいちゃん」


とりあえずこの話は保留。連絡先を知っているのは真奈なのでラインなどで経由して伝えてもらおう。

それから比翼は納得はしていないが理解してくれた。それから俺はソファーに腰を下ろして再び執筆。比翼は隣に座って勉強を始める。

いつもの天真爛漫な言動ではなく真剣な表情で取り掛かる比翼。

一瞥して心の中で陳謝する。それから時間が過ぎていき俺は、ある疑問がフッと浮かんで尋ねる。


「比翼、大事な話なんだけど。いいか?」


「うん、構わないけど…も、もしかして床ドンとかしろ!って要求するの!?し、仕方ないですのでやります!」


「いや、しないから。そもそも床ドンって何なのか知らないのだけど」


「ゆかどんは、これだよ。ちょっと検索して画像を…はい!」


立ち上がりダイニングテーブルに置いてある、俺と比翼の共有スマホを手に取る。そして画面を向けられたものには仰向けになる女の子をおおいかぶさるように両手を床にドンとつける。

見た感じは襲われているような状態にも見れて、アニメやラノベではよく目にするラッキスケベ的なシーン。


「しない。絶対にそんなことをしないから!そうじゃなくて比翼、秋ぐらいからこの家を出て警察に頼ることは冬雅達に伝えたのか気になっていたんだ」


つらい過去を立ち向かい俺の家を出ると決意した比翼。応援はするけど強制はしないし、これで無関係とはならない。それが比翼が頑なに言ってもだ。


「…し、していない」


「伝えにくいなら俺が伝えるよ」


「ううん。これは、わたしが伝えるよ。大事な事だから自分の口からじゃないといけないと思うから」


「そうか…」


尊い決意を知っているのは俺だかなのかもしれない。真奈達にも伝えていないのかなんて心配するのは分かりきっている。

けど具体的に決意が揺らぐからなのか、泣いて止められるのを恐れているのか分からないが、それでも情にほだされ、伝えず黙って知らないまま出ていくのだけは俺は避けるべきだと強く決めている。

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