第140話 夜明け前の二人


「痛むか?」


「はい。少し」


 カイはシュンの湿布を外してやりながら、心配そうに尋ねた。「少し」と答える彼女が身を震わせたので、本当はよほど痛むのだとわかる。


 薬を塗る為にシュンが肩肌を脱ぐと、月明かりに白い肌が浮かび、思わずカイは顔をらした。


 思いのほか美しく見えて、見ていられないと思った。ましてやその身に木剣を撃ち込んでしまうなど。


 ——なんてことを、俺は。


「カイけい?」


「あ、いや……なんでもない」


 右肩から背にかけて、斜めに腫れが見える。明るければ赤くなっているのが見えたかもしれない。


「肩だけで良いです」


 遠慮しているのかと思ったが、サラシ布を巻いているのでそう言ったらしい。


「わかった」


 肩から背の露出している部分に見える腫れにだけ薬を塗ってやる。シュンはかなり痛みを我慢しているようで、声をあげまいとただひたすら耐えている。


「……悪い」


「何を……。私なら大丈夫です。それよりも何もなくて良かった。あの後はどうなったのですか?」


「あの後って——」


 シンとカイは自分達の間に割って入ったのがシュンだと知った瞬間、同時に木剣を捨てた。


 そして同時に彼女の名を呼び、駆け寄る。


 気を失って倒れたシュンをどうしたら良いのか、頭の中が真っ白になった二人を制して、ケイが彼女を抱き上げた。そのままこの隠れ家に運んだというわけだが、今になって、


 ——あいつシュンを抱き抱えやがった。


 などと嫉妬したとはとても口には出せない。運んだという事実だけを話すと意外にもシュンは安心したように喜んだ。


「では、お二人の勝負は流れたのでございますね」


「ああ……そうなるな」


 カイはおのれの運命を変えた王太子・シンに知らしめたかったのだ。お前のせいで苦しむ者がここに一人いるのだと。


「俺の子どもみたいな我儘わがままで、お前を傷つけちまったな」


「これくらい平気ですってば」


 服を正して整えるとシュンはカイを元気付けるように笑った。


 その笑顔を見ていられなくて、再びカイは目をらす。


 カイが打ったのは背中がわだった。


 シンとカイの間に割って入った時、シュンはシンの木剣からカイを守るように身体を向けたのだ。その事実がカイを打ちのめす。


 なんで俺は——。




 そこへシンとケイが戻ってきた。


「邪魔するぞ」




 つづく


 次回『少年の放つ光』

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