第141話 少年の放つ光

 そこへシンとケイが戻ってきた。


「邪魔するぞ」


「邪魔じゃねぇよ」


「シュンねえ、ごめんね」


「ええ、大丈夫です」


 シンは大丈夫じゃないだろうと心配する。殴られたり叩かれたりという痛さは子どもの頃からよく知っているからだ。


 そこへカイが釘を刺す。


「おい、気安きやすくこいつの名を呼ぶな」


「なんで?」


「なんでって、なんでもだ」


 二人の様子にため息をつきながら、ケイは「ここを出るぞ」と促した。


「シュンも寮に戻らねばなるまい。歩けるか?」


「はい、白兄はくけい


「俺が背負せおう」


 カイはそう言ってシュンの手を取る。


「いえ、だ、大丈夫です」


「うるせぇ。つべこべ言うな」


 シュンが何か言おうとする前に、カイは彼女を横抱きに抱き上げた。


「カイけい!」


「……痛むか?」


「う……そうじゃなくて……」


 ——背負うって言ってなかったですか?


 抱きかかえられて彼の顔が近い。心配そうな闇色の瞳が、シュンの顔を覗き込む。


「落ちないよう、俺のえりつかんでろ」


「……はい」


 ケイには夜目よめにもシュンが赤くなっているのが目に浮かぶ。親友カイの行動に少しだけ口元を緩めながら、王太子には目を閉じるよう指示する。


「少しだけ目を閉じていて下さい。私が手を引いて行きます」


「なんなら目隠ししても良いよ」


「そんな面倒なことはしません。この場所があなたの口から洩れるなら、シュンが悲しむでしょうね」


「わかった。良いと言われるまで目を閉じてる」


 旧校舎の中を通って男子寮までシンを連れて行くために目を閉じさせる。隠れ家の場所をわからなくするためだった。


 そしてシンはケイに手を引かれ、シュンはカイに抱きかかえられながら夜の旧校舎を歩いて行く。


 シュンはカイの襟元を掴むようにしがみついていた。目を上げればすぐそばにカイの精悍な顔がある。薄明かりに男らしい顎の線が見えてどきりとした。


 カイの肌の匂いを感じて胸が高鳴る。ただそれに酔う事を許さないのが、目の前を行くシンの小さな後ろ姿だった。


「白兄とシンはなんのお話を?」


 シュンは先程、二人が外に出ていた時のことを尋ねてみた。


「……何も。今宵は何も無かった事とした」


 『白兄』は振り返りもせずにそう答えた。


「シン?」


 シンはカイの素顔を目撃した。今だってカイは顔をさらしている。問われたシンは『白兄』に手を引かれたまま答えた。


「シュン姐、俺はまだまだだ。この二人が俺を王太子として認めてくれるよう、鍛錬に励むよ」


「ぬかしやがる。俺たちが認めてたらなんだってんだ」


「認めてくれたら、何かが変わるでしょ?」


 目を閉じたまま、シンは楽しげに笑った。


——何かが変わる。


 そうかもしれないと、シュンは心の中で思った。





 つづく


 次回『不安と信頼』

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