第138話 ひとときの幻想




 ——……?


 誰かが泣いている。


 シュンはそう感じて振り返った。薄桃色うすももいろの小さな花びらの舞う中、そこには小さな男の子が膝を抱えて泣いている。


 ——カイけいだ。

 ——シンだ。


 同時にそう思い、また違うとも思った。


 そしてその子が顔を上げた瞬間、花吹雪の中何も見えなくなった。





「シュン!」

「シュンねえ!」


 目を開いたシュンの前に、どこか似ている青年と少年の顔があった。


「気が付いたか?」


 もう一人、『白兄はくけい』もいた。


「……?」


 自分の身に何が起きたのか、すぐには思い出せず、ひと時遅れて首すじと肩口とに激しい痛みを感じて声が出た。


「痛っ……!」


 起きあがろうとして、自分が隠れ家の床に寝かされているのだと知る。シュンが痛みに声を上げると、


「シュン!」

「シュン姐!」


 カイとシンがまた同時に彼女の名を呼ぶ。『白兄』は二人の襟首を掴んでシュンから引きがすと、彼女には「まだ休んでいなさい」と告げた。


「……白兄、私は……?」


「この二人の試合を止めようと、割って入ったのだ。覚えていないか?」


「いえ……そこまでは覚えております、が……」


「やれやれ。とんだお嬢様だな。あの局面で飛び込んでくるとは」


 白兄が呆れながらシュンの首筋に当てられた湿布を取り替える。


「おい、大丈夫か?」

「大丈夫なの?」


 手当てする白兄の背後から二人の声がかかる。


「いいから君らは静かにしていてくれ」


 注意されて途端に静かになる。ケイは鼻でため息をつくと、シュンに説明を始めた。


「君は首筋と肩を打たれた。特に肩から背中の方はカイの打撃だ。しばらく痛むぞ」


「……わかりました。起こしてください」


「気を失っていたのだぞ。本当に平気かい?」


「はい」


 ケイがシュンの身を起こすのを手伝うと、またもや二人の声が飛んで来る。


「おい、勝手に触るな」

「そうだそうだ」


 ケイがそちらをじろりと睨むと二人は揃って首をすくめた。ケイはシュンを支えながら尋ねた。


「……いつ気がついた?」


「今夜の決闘の事でございますか?」


「そうだ」


「——偶然、シンが門外に出るのを目にしました」


「それだけで場所までわかったのかい?」


「昼間の——試合後の御三方おさんかたの様子が妙でしたから」


 ケイは「なるほど」と肩をすくめた。


「何故、お二人が試合しあう事になったのです?」


「カイのわがままさ」


「おい」


 カイが抗議の声をあげた。が、再びケイに睨まれて押し黙る。


「はい、質問!」


 元気よく手を上げたのはシンだ。そして許可を待たずに質問した。


「この人はなんで俺に似てんの? 親戚?」






 つづく



 次回『ひそやかな対話』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る