第134話 シンのため息とシュンの心配


「はぁ、なんだかここは落ち着くな」


 ソウは男子寮の特別室にあるショウにごろりと横になった。


 ——久しぶりにここに来た。


 シンは椅子をひくとそこに掛け、長いため息をついた。




『急に何を言い出すのです!?』




 つい先程まで何大臣に怒られたりなだめられたりされていたのだ。


我儘わがままだったのは認めるけど」


「最近のお前にしては意外な行動だよ」


 ショウの上からソウはにやにやと笑いながら満足気に親友見ていた。


 シンは授与式の後に帰城しようとする大臣らに向かって、『久しぶりに学友と話をしたいから一晩寮に泊まりたい』と望んだのだ。何大臣は非常に驚いたが、シンは頑として譲らない。


『では東宮に学友を呼ぶ事は出来るのか?』


 と、問えば、大臣はぐっと言葉に詰まる。出来ないのだ。それでも予定にないと王太子の我儘を止めようとするが、意外にも助け舟を出してくれたのは花蓮カレンだった。


『いいじゃないの、一晩くらい。どうせ護衛はつけるんでしょ? それに——今夜はトウ家の方がいらっしゃるのではなかったの?』


『むむむ』


 ——結局、連れてきた衛士えいしのほとんどを置いて行くという形で許されたのだった。


「なんでこっちがお許しを頂かなきゃなんないんだろうな」


 ソウが細い目を更に細めて笑う。


 拾ってやった恩を忘れさせないためだ——。


 とは口に出したくないため、シンは豪奢ごうしゃな天井を見上げて「やれやれ」と呟いた。


 学友と話をしたいなどとうそぶいたため、シンとソウは頭をひねって少しでも誤魔化そうと考えたが、二人と会話をした者は何人も居ないし、寮に居るかもわからないくらいの関係だ。


 その程度の知り合いしかいない二人と親しい人は一人だけ居るが、あいにくその人は女子寮にいるときている。


「表で警護してる甘凱かんがいはその辺の事わかってるだろ。素直に息抜きしたかったって言おうぜ」


 ソウにはまだ本当の事を話していない。これは約定だ。言われなくともわかる。


 誰か連れて行けば、相手にしてもらえないだろう。


 ——それに、ソウを危険な目に合わせたくない。


 少し気を緩めているソウを見ながら、シンは今は黙っていようと心に決めた。




 その頃、シュンもまた一人、うろうろと自室の中を歩き回っていた。明らかに授与式での様子がおかしかったことが頭から離れない。


 離れていたので、三人が何を話していたのかはわからなかったし、気になって隠れ家まで行ってみたが、カイけいも『白兄はくけい』も姿を見せなかった。


 日暮れまで待ってみたものの二人に会えず、仕方なく寮へ戻ってきたシュンはそこで少女達がひそやかにさざめきあっているのを目にした。不審に思って問えば、なんと男子寮に『王太子様』が泊まっていると言うのだ。


 ——泊まるなら昼間会った時にその話が出てもおかしくなかったはずだけど。


 と、言う事は急に決まった話なのかもしれない。


 シュンは居ても立っても居られなくなり、夜の点呼の後に木剣を手に寮を抜け出すことにした。


 まだ花の残る白梅の林を通り、衛士の居ない場所を選んで女子寮の敷地から出る。


 ——男子寮のそばまで行けば、シンの様子が伺えるだろう。


 うまくいけば話ができるかもしれない。


 シュンは山岳さんがく甘凱かんがい藩紫龍はんしりゅうという知りうる限りのシンの衛士達を思い浮かべながら、シンが宿泊しているはずの男子寮へ向かった。




 つづく



 次回『夜の闇にまぎれて』

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