第133話 欺瞞


「え?」


 シンは驚いて目の前の黒衣の青年の姿を見た。


 顔の半分——鼻梁びりょうから口元までを黒布で覆い、鋭い目だけが怒りに燃えてシンを見据えている。その隠された口から出たのは、なんと王太子である自分と試合しろという言葉であった。


「よせ、カイ」


 流石さすがに『白兄はくけい』が割って入る。


「なんだよ。俺はコイツと——」


「駄目だ。——王太子様、御無礼を。これにて退かせていただきます」


 いきりたつカイをなだめるように肩を抱いて去ろうとした時、二人の背にシンからの思わぬ答えが返ってきた。


「いいよ。試合しあう」


『白兄』が目をいて振り返る。


 幸い、大臣達とは少し距離があり、その耳まで話し声は届いていない——。


 何か言おうとするカイを押さえ付けて、『白兄』は更に声をひそめて聞き返す。


「御冗談でしょう?」


「いや、試合しあう。そのかわり、理由わけを聞かせて欲しい」


理由わけ?」


「俺を憎む理由だ」


 シンの返答を聞いて、カイは一人色めきたった。


 そんな事ならいつでも教えてやる。


「剣を取れ! 今ここで——」


 その口を『白兄』が手で塞いだ。カイの代わりに返答する。


「子どもの冗談に付き合っている暇は無いのですよ」


「逃げるのか、周家しゅうけの?」


「逃げねぇよ! 今ここでぶちのめ——?」


 再び『白兄』はカイの口を塞ぎ、半ば羽交締はがいじめにして押さえ付けてる。


「太子様」


「なに?」


白兄ケイ』は今までとは違う、冷ややかな声をシンに向けた。


「今夜は寮に泊まりたいと言いなさい。以前滞在していたでしょう? 夜になったら正門へ向かいなさい。門番には話をつけておきます」


「夜?」


「ここで試合しあえば、お互いただではすまないでしょう。我々は不敬罪に問われ、貴方は人前で打ち負かされた汚名がつく」


 つまり夜闇に乗じて別の場所で会おうと言うのだろう。


 シンはそれを呑んだ。理由を知りたいというその好奇心で。


「わかった」


 シンが頷くと、カイも納得したのか素直に『白兄』に従って退いた。


 ——あれがシュンねえの尊敬する二人なのか?


「太子様、どうされました?」


 大臣から心配気に尋ねられたが、シンは「なんでもない」と誤魔化した。


 そして少し薄寒うすらさむい思いで二人の後ろ姿を見送ったのだった。




 つづく



次回『シンのため息とシュンの心配』

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