第131話 対面


 銅鑼どらの音が響く。


 試合場は敷物を敷いてあっという間に式典の場へと変わり、王太子と大臣が護衛の者に囲まれ、それから高齢の学長に代わって武芸の師範と——讃えられるべき優勝者のみが舞台にあがる。


 ただ、その優勝者は身分が低いという理由で、彼の主人たる者と共に立っている。


 大人達に囲まれながら、シンは精一杯王太子らしく振る舞おうと気を張った。会場中の——それこそ何百人という生徒達の視線が、物珍しげに注がれるのを感じて、シンは悪態の一つもつきたくなる。


 ——見せ物じゃないんだぞ。


 言葉には出さず、ぐっと堪えて視線を戻すと少し離れた正面に、黒衣の青年が立っていた。シュンねえが誉めていた人だ、と改めてその上背のある姿を眺めるとどうしたことか向こうもこちらを見ていた。


 ——?


 にらんでいる。


 シンは黒衣の青年と目が合って、しかも自分を睨んでいるとわかり、内心ひどく驚いた。


 不可解、である。


 会ったこともないのに、なぜこんなにも睨まれるのか。


 ——いや、しゅう家派の青年だから俺を目の敵にしているのだろう。


 そうに違いないと無理に自分を納得させると、折よく師範の長い祝辞が終わったところであった。


 いよいよ授与式である。


 何大臣に促されて、桃の木を添えた箔押しの色紙を手にする。邪気を払う桃の木と賞金ではないが王からの賛辞という名誉を下げ渡すのだ。


 背後に何大臣と師範を引き連れて、シンは少し前へ出る。


 次に授与される側が近づいて来る段取りだ。


 黒衣の青年は白皙はくせきの美青年と並んで前へ出て来た。相変わらず鼻先から口元までを黒布で隠し、鋭い目だけを見せて向かって来る様は異様な気を発していた。


「待て!」


 それを感じ取ったか何大臣が片手を上げて二人を制した。黒と白の青年の足がぴたりと止まる。


白兄はくけい』の方が拝手して何大臣に向かって頭を下げる。が、使用人であるはずの『墨兄ぼくけい』の方は無造作に突っ立っていた。いや、目だけはシンを見据えたままだ。


 それが目に余ったのか何大臣は声を荒げた。


「王太子の面前である! 顔を隠すなど不敬極まりない。はずせ!」


 シュンがこの場にいれば凍りついたであろう一言だ。


 さいわいにして彼女は試合場の人垣の外にいたし、声が届いたのはその場にいた数人であった。


 ケイの形の良い眉が微かに動いた。


 ——『墨兄』の顔を見せるなど、笑止。


 出来るわけがない。


 あのシュンでさえ「似ている」と評した顔だ。


 ケイは使用人の主人らしく振る舞う。


「恐れながら大臣殿。この者は下人の身分でありながら紫珠しじゅで学ぶことを許された者。此処で学ぶ条件として他の子息達が不快に思わぬよう、顔を覆っております。紫珠と周家の約定に口出しは無用でございます」


 今度は何大臣の眉が大きく吊り上がった。


 ——周家の名を出しおって!!


 大臣が口を開いて何か言おうとしたその時、それより先にケイが再び申し立てをした。


「さすれば、下賤の者が王太子様から物を受け取ることこそ不敬。私めが代わりにいただきます」


『いただきたい』と希望を述べずに『墨兄』に代わって自分が受け取ると宣言したのである。


 何大臣が怒りで目を白黒させているのを見ながら、ケイは背後にいるカイが膝まづきもせずに立っている事を不審に思っていた。


 ——カイ、騒ぎだけは起こすなよ。


 今日のカイは剣技が冴えていた。それであるのに時折見せた気分の不安定さはなんだったのか。


 それが今になって爆発しそうなことを肌で感じて、ケイは少しでも早くこの場を退こうと決めたのである。


 ケイが視線をまだ幼さの残る王太子に向けると、彼は色紙を手にこちらへ一歩出たところである。


 ——来い、少年。


 近づいて来る王太子の顔を注視する。背後のカイが息を呑むのがわかった。そしてケイもまた——。


 顔に動揺が現れていないか、ケイはそれを心配した。それでも驚きで僅かに目を見開いたのを自覚する。


 目の前に立つ王太子は——。


 ケイの記憶にある、少年の頃のカイに瓜二つであった。




 つづく



 次回『カイの望むもの』

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