第130話 王弟の立場

 

「きゃあああっ! 『墨兄ぼくけい』の勝ちだわ!」


 さっきまで『白兄はくけい』をしていた花蓮カレンが、『墨兄』の勝利に歓声をあげる。シュンもほっとしたように息を吐くと、天覧席から惜しみない拍手を送った。


 カイ兄に届くように、と。


 そして初めて武芸試合を見たシンは——。


 圧倒されていた。

 決勝戦の試合に。


 それまでの試合が児戯じぎに等しく思える程の別格。そして勝敗が決した後の怒涛の歓声。ましてや天覧席から見下ろしていると学生全員のどよめきと熱狂とがうねりとなって、何もかも飲み込んでしまいそうな気がした。


 我知らず立ち上がり、シュンねえのように拍手を——と思ったその時、肩をそっと上から押さえられて、シンはすとんと椅子に戻らされた。


 ふり仰げば、そこには険しい顔をした大臣がいた。険しいと言ってもシンを睨んでいるわけではない。眉をしかめて苦々しげに下の騒ぎを眺めているのだ。


「あの……?」


「あ、これは申し訳ありませぬ。……このような時には、立ち上がりはせずに軽い拍手で済ますのが良いでしょうな」


 どうやら敵対する周公しゅうこう派の若者が勝ち上がったのを、何大臣派の者が称えるのが腹立たしいらしい。


 シンは横目で花蓮を盗み見た。


 まだ、彼女がきゃあきゃあとはしゃいでいるのを見ると、自分だけ座らされたのが馬鹿馬鹿しくなる。


 シンの不満に気がついた何大臣が、即座に娘をいさめた。


「花蓮、大声をあげてはしたない。もうやめ——」


「ねぇ、見た!? シュン!! 『白兄』がこっちを見たわ!! 私、目が合っちゃった!?」


「え? ほんと?」


「本当! 本当なのよー!」


 実の娘に無視されて肩を落とす大臣を見て、シンは心の中で溜飲りゅういんを下げると、したまま盛大に拍手を送った。





「授与式?」


 拍手の後、聞きなれない言葉にシンが問い返すと、何大臣が説明をする。


「優勝者に褒賞を与える儀ですな。なに、賞与は紫珠ここで支度してあります。それを渡すだけのこと」


 と、いうことは、あの黒衣の青年——『墨兄』を間近に見る事が出来るわけか。シンは俄然がぜん興味が湧いて来た。あれほどの剣技の持ち主と少しでも近づけるのなら、王弟の仕事も悪くない。


「斬られないといいな」


 ソウがニヤニヤと笑う。ただの冗談だったが、何大臣はキッとソウを睨んだ。


「我々の警備を甘く見るでない。ましてやおおやけの場でそんな馬鹿な真似を奴等がするものか」


「冗談だってば!」


 ソウは小さくなって何大臣の視界から隠れようとシュンの背に逃げ込んだ。


 そこへ、花蓮は花開くような笑みを浮かべながら、父に話しかける。


「お父様、私達も一緒に行っても——」


「駄目だ。こればかりは許可できぬ」


 花蓮が甘えても怒っても、何大臣はがんとして首を縦に振らなかった。


「ちぇっ、なによう。私も近くで『白兄』様を見たかったのに〜」


 不貞腐ふてくされる花蓮に、シュンは咳払いを一つしながら、


「勝ったのは『墨兄』よ」


「でも二位の『白兄』様も近くにいるでしょ?」


「それはそうでしょうけど」


「いいなーいいなー」


 羨ましがる花蓮をなだめながら、シュンは階下へ降りようと彼女を誘った。王の代理たる王弟を上から見下ろすわけには行かないから、自分達が先に降りるのだ。


 この先、しばらくシンと会う機会もあるまいと、シュンは別れ際に彼に声をかけた。


「シン——あのお二人は——……」


 と、言いかけて口を閉じる。尊敬できるお方だと言おうとしたが、それが自分にとってでしかない事に気がついたのだ。


 お祭り気分で浮かれていたが、ソウが冗談で言ったことが起きないとは限らないのだから。


「シュン姐?」


「いえ、ごめんなさい。なんでもありません」


 シュンは少しうつむくと、花蓮を置いて足早に段を降りた。地上ですれ違った衛士の紫龍シリュウが意味ありげな視線を送ったが、シュンは気づかぬまま行ってしまった。


 ——困ったお嬢さんだな、まったく。




 つづく


 次回『対面』

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