第128話 天覧席での一幕


 ゆっくりと前へ出たことでケイの心はだいぶ余裕を取り戻した。彼の中にあったのは焦りでも恐れでもない。強いて言えばケイの中にくすぶっていたのは怒りである。


 短い時間でいつもの落ち着きを取り戻したところは流石『白兄はくけい』というべきか。


 しかし相手はカイだ。


 剣をもっとも得意とする『墨兄ぼくけい』——見た目によらず剛剣ごうけんとも言える力強い剣捌けんさばき。


 広い試合場の真ん中で、二人は向き合った。




「きゃあ、どうしよう! やっぱり決勝戦らしくて良いわぁ」


 天覧席で花蓮カレンがはしゃぐ。この二人の対決は、彼女が紫珠しじゅに在籍していた頃の恒例行事だ。懐かしさもあって、花蓮はより一層、応援に力が入る。


 そんな愛娘まなむすめの姿に、大臣はますます顔を引きらせていた。それでも苦々しげに娘の非礼を詫びる。


「太子様、騒がしい娘で申し訳ありませぬ」


「……? 別に謝らなくても……」


 街では賑やかな女達はたくさんいたし、元気があって良いことだとシンは素直にそう思う。


「なんと! そのようなお心遣い、感謝致しますぞ」


「もう、いいから試合を見せてよ」


「はっ、失礼致しました」


 シンは試合場へ視線を戻す。噂の『白兄』と『墨兄』だ。隣では花蓮とシュンが食い入る様に眼下で対峙たいじする二人を見ていた。


 ——尊敬する方々だと、シュンねえは言っていた。


『白兄』は遠目にも美丈夫とわかる顔立ちで、西方の血が混じっているのか淡い亜麻色の髪をしていた。背も高く白を基調とした服がよく似合っている。剣の構えもシンが見てもわかるほどに洗練されていた。


 ——シュン姐達がきゃあきゃあ言うのもわかるな。


 てっきり二人して『白兄』の応援をするのかと思っていたが、シンはその二人のいさかう声に驚いた。


「ええっ? 『白兄』が勝つに決まってるでしょ?」


「花蓮はカイ兄の強さを知らないのよ」


「ちょっと待って、カイ兄って……いつの間にそんな親しげな呼び方を——⁈」


 どうやら女性陣が応援するのはそれぞれ別であるらしい。


「シュン姐は『墨兄』派なの?」


 シンは何気なく聞いたのだが、途端にシュンの顔がこわばった。少し頬に朱を差した様に見えなくもない。


「何を、そのような、うわついたことは、別に」


「?」


 彼女の支離滅裂な言い方にシンはぽかんと口を開けた。


 ——まずい、どうやって誤魔化そう。


 焦るシュンに助け舟を出したのは花蓮の嬌声である。


「きゃあっ! 始まるわよ!」


 再びシンが花蓮からシュンに目線を戻した時には、彼女はすました横顔を見せて試合場を眺めていた。





 つづく



 次回『黒白』

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