第127話 白兄の怒り


 しゅう家と対立する家の推す王太子が名代みょうだいで観ている試合だ。さすれば舞台にいる出場者の派閥くらいはわかっているというものだ。


 今の一件が目に留まれば、周家派の者がみっともない試合をしたとみくびられる。


 ——いつもの学内の催事ではないと、何故なぜわからぬのか。


 ケイは木剣を片手で構えたまま、また一歩前へ踏み出した。


 その切っ先をユウの喉に突き付けると、ユウは喉の奥で声にならない悲鳴をあげる。ガクガクと震えながら、突きつけられた木剣がゆっくりと振り上げられて行くのを、呆然と見つめるしか出来ない。


 ケイの剣が頭上に振り上げられた時、


「それまで!」


 審判の声が響いた——。




「きゃあ! やっぱり『白兄はくけい』の勝ちね!」


 はしゃぐ花蓮かれんの横で、シュンは「ええ」と曖昧あいまいうなずいた。


 ——やはり今の試合は妙だった。


 あの様に荒々しく相手の剣をぎ払うのは『白兄』にしては珍しい。


 戦場ならいざ知らず、格下の相手に——しかも降参の意を示した相手に剣を突きつける様は、紫珠しじゅの貴公子にはあまりにも似合わなかった。


 シュンはそっと盗み見るようにして、シンと大臣の様子を伺う。シンは初めての天覧試合であるし、このようなものと思っているのか、特別気にした様子はない。何大臣においては周家の者が勝ち進んだことに、溜息をついている。


 どうやら今の試合に違和感を持ってはいないようだ。


 ——身近で『白兄』を見ているから、私が気がついただけか?


 後で『白兄』に聞いてみよう。


 その時のシュンはそんな風に気軽に考えていた。



「なんだ、今の試合は?」


 少し揶揄からかいの響きを含んだ声でカイが試合場の下でケイを迎えた。


 揶揄からかわれた方は苦々しい思いをカイに打ち明けたかったが、入れ替わりに試合場に上がる友に対して愚痴る時間は無かった。


 軽くうなづき返すと、木剣のつかをお互いに打ち付けて鳴らし合い、試合場に上がるその背中を見送る。


 カイの相手は家派の青年であったな、とケイもまた試合を見るためにその場に留まった。


 確かバイという名だということが頭をよぎったが、先程のみっともない——呉游ゴユウ不様ぶざまな行為の後味の悪い試合が心に強く残り、まともにカイの試合を見ていられなかった。


 気がつけばカイの圧勝で試合は終わっていた。


 彼に声を掛けたかったが、あいにくカイは自分とは反対の向かい側へと試合場を降りて行く。おそらくは試合を仕切る審判長の采配さいはいだろう。決勝を戦う二人が、展覧席の右と左からそれぞれ出てくる効果を狙ったとみえる。


 程なく審判長の声が上がる。


「両者前へ!」


 ケイはゆっくりとを進めた。





 つづく





 次回『展覧席での一幕』

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