第125話 籤引


 シュンとシン達の眼下では、決勝戦の対戦相手を決める籤引くじびきが行われていた。


 竹を割いた細いくじだ。


 決勝に上がった四名は競技場の上でその籤を引く。


「赤だ」


「同じく」


 赤と黒の同色同士が対戦相手となる。


 赤を引いたのは『白兄はくけい』と呉游ゴユウである。そして黒は『墨兄ぼくけい』と家派のばい家の青年という組み合わせとなった。


 ケイと当たることになったユウは何処どことなく少し安堵した様を垣間見せた。『白兄』と当たって負けたのであれば、彼の面子メンツもたつということなのだろう。


 身分の低いカイに負けるよりは良いという態度が、ケイの目には手に取るようにわかった。


 ましてや去年の正月の武芸大会でも負けているのだ。紫珠しじゅを出た後の政界進出を控えて、恥を晒すのはごめんこうむりたい所であろう。


 それを知ってか知らずか、カイが舌打ちをする。


「チッ、今年もやろうと思ってたのにな」


「よせ、カイ。そういう油断が足元をすくうのだぞ」


「わかってらぁ。じゃ、後で会おうぜ」


 カイはケイに背を向けたまま片手をひらひらと振ると、そのまま行ってしまった。


 ——余程の自信だな。


 無理もない。


 一番得意な剣での試合だ。


 それに、とケイはそっと天覧席を仰ぎ見る。


 ——想い人が見ているなら尚更だな。


 それが吉と出るのか凶と出るのか。ケイは一人思案する。


 ——賽の目を振るのは一体誰ぞ。




「きゃあ! 『白兄』だわ」


 競技場に出て来たケイを見て、花蓮カレンが黄色い声援を送る。 


 見映えが良いとか所作が綺麗だとか、思いつくまま褒めそやす花蓮に、シュンは微笑みつつ相槌を打つ。


『白兄』の尊敬すべき点は見た目だけではないのだが、それを口にすれば何処で彼と接点があったのかと、花蓮に尋問されそうだったので固く口をつぐんでいた。


『白兄』が構える。

 相手の呉游も木剣を構えた。


「シン、『白兄』の動きをよくご覧なさい」


 シュンはそっとシンに教える。シンもまた、食い入るように眼下の試合を見つめていた。





 ——呉游とは古い付き合いだ。


 ケイは木剣をすらりと青眼せいがんに構えながら目の前のを眺めやる。


 それこそ紫珠へ入る前から、家同士の付き合いで自然と顔見知りになった。家の格から言えば分家とは言え周家が上になる。そのせいか、腹を割って話し合える友人というよりは、呉家がわから周家とのつながりを保つ為の友人という関係であったと言える。


 ケイの方が出来が悪ければユウの態度もまた違うものであっただろうが、ケイはユウでさえ一目置くほどの人柄だったため、敬愛を持って付き合っている——というのがユウの本音である。


 ユウがカイを見下すのは身分違いもあるが、ケイの汚点と思って近づけたくないのである。


 ——悪友であったなら。


 おそらく気が合っていたかもしれない。年相応の悪さをしつつじゃれ合い——例えば学内の競争毎に勝ち星を譲り合うような悪友に。


「しかし、勝ちを譲るなどあり得んな」


 ケイは誰に向けて呟くともなく、一言を口にすると構えた木剣をユウのと合わせ、カチリと鳴らした。


 それが合図のように、師範の声が上がる。


「始めェ!」


 ——王太子に見せつけねばならぬ。周家の者の力を……!


 大きく踏み込むと、ケイの身体が宙に飛んだ。





 つづく



 次回『白兄対呉游』

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