第123話 心を隠して


 武芸試合の決勝は順当に、というべきか常日頃つねひごろと変わらずというべきか——『白兄はくけい』とカイ、それと呉游ゴユウ家派の青年が一人、勝ち進んだ。


 ユウは剣は得手ではないと聞いていたが、なかなかに強く、ここまで進んできたと見える。カイに言わせれば呉家の圧力でもあるんじゃねぇかと言うかもしれない。


 その四人を上階から眺めて、花蓮カレンは不満そうに、


「シュンが出た方がマシだったんじゃないの?」


 と言う。


「まさか。いくら私でも剣技で決勝に残りはしないわ」


「でも四人のうち三人が周家しゅうけ派じゃ興醒きょうざめだわね」


白兄はくけい』か『墨兄ぼくけい』が勝つに決まってるもの、と彼女は呟いた。


「花蓮、あなた『白兄』の応援してなかった?」


「そりゃ格好良いもの。応援しちゃう」


 そこへシンがおそるおそる口を挟んできた。よほど花蓮が苦手と見えるが、興味の方が強かったらしい。


「『白兄』というのはあの左端の人——ですか?」


 シンのかしこまった物言いにシュンの口角が上がる。彼なりに年上の女性との会話に気を遣っているのを感じ取ったのだ。それが似合うような似合わないような子どもらしさがにじみ出ていた。


「そうですよ。とてもお強い方です。学業も立派にお修めになって、人柄も素晴らしい方です」


「そんなに強いの?」


 シンの興味は武芸の強さにあるようだった。


「ええ、そうですとも。隣の——黒衣こくいの方が『墨兄』です。『白兄』とはついをなす方で、武術は随一。お二人は紫珠しじゅの双璧ですね」


「その二人が、周家のがわの人なんだ……」


 少し影を含んだシンの呟きを耳にしたのか、大臣がまたもや咳払いをする。しかも今度はシュンへ釘を刺すのも忘れなかった。


張春ちょうしゅんよ、そのように周公しゅうこうの配下の者を褒めそやすのは如何いかがなものか? それにいかに紫珠の中で腕が立とうとも、実際に外の世界で役に立つかはわからぬものぞ」


 それは、所詮しょせん子どもの世界の話と切り捨てた話し方だったが、苛立ちを残しながらもシュンは素直に引き下がる。


「は、失礼致しました」


 その愁傷しゅうしょうな返事に満足した何大臣は少し胸を反らして豊かな髭を撫でた。ところがそこへ花蓮の声が飛んでくる。


「そんなことないでしょ。『白兄』は周家の人だし、呉家の跡取り息子もいるのよ。有力な家の者があそこにいるのは本当の事よ」


……」


 娘をたしなめようとする父親の声を無視して、花蓮は続けた。


「あんたも仮にも王太子なんだから、ちゃんと覚えときなさいよ。この年頃の者たちにとって、『白兄』の存在は大きいのよ」


 ビシッと、人差し指を目の前に突き出されながら言われたシンは目を丸くする。今までただ怖いだけだった許嫁いいなずけが突然、『王太子としての自分』に話しかけて来たからだ。


「……はい」


 言うだけ言うと、花蓮は視線を競技場へ戻した。無視された大臣は渋面じゅうめんを浮かべて階下の競技場を睥睨へいげいしているのみだ。シュンは苦笑いしながら場を取り繕うようにシンを促した。


「ほら、『墨兄』の隣が呉家の方です。この方は剣よりも槍が得手です。人柄は——うーん、私は嫌いですね」

 

「えっ? まじで?」


 高潔なシュン姐にも人の好き嫌いがあるのかとシンは驚いた。見上げたシュンの顔は悪戯っぽく笑っている。


「お強いのでしょうが、慕われる人品じんぴんではありませんね」


「じゃあ、残る一人は?」


「私よりも何大臣の方がお詳しいのでは?」


 水を向けられた大臣が、皆の視線を受けて頷く。


何家かけ派のばい家の者です。——ああ、こんな事ならいっそハンを出すのであった」


 藩の名にシュンがぴくりと眉を上げた。皆は聞き流していたが、大臣の話ぶりではよほど腕が立つようである。


 ——やはり藩紫龍ハンシリュウは強いのだ。


 シュンはそれを心に留め置くことにした。何大臣にすれば『白兄』やカイとも並ぶ腕だと見込んでいるのだろう。


 そこへ、シンの何気ない言葉が飛んで来てシュンの胸を刺した。


「シュン姐、あの人——『墨兄』が顔を覆っているのはなぜ?」




 つづく




 次回『孤独に差し込む明るい光』

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