第121話 再会


 シュンは遠目に天覧席てんらんせきを眺め、緋色の服を目にして花蓮カレンの来訪を確認した。そして紫と白の衣服の少年が席に着くと同時に、大きな銅鑼の音が響き、その少年が『王太子シン』であると遅まきながら気が付いた。


 ——シンも観ている。


 おそらく大臣もいる。三人でどんな話をしているのか、シュンは想像できなくてくすりと笑った。


 おごそかな顔の大臣といつもは華やかに笑っている花蓮、そして元気よく返事するシン——。きっと自分には見せない顔をしているに違いない。


 それとも——三人三様、真逆の顔だったら面白いなと考えながら歩き出す。


 今回は試合に参加しない為、随分と気が楽だ。他の選手の試合を見学するのが楽しくて仕方がない。


 いつもカイ兄と白兄はくけいの剣技を見ているためか、観戦していると次にどのような手で攻めるのか、或いは守るのか手筋が読めてくる。


 ——いえ、あくまでも他所よそから見ているせいだわ。


 試合場に立って戦うのとは違う事を、シュンはよく知っている。


 それでも楽しい。


 近くで多くの試合を観られるのだから、当たり前である。女子としてはどうかと思うが。


 一方で、一般の女生徒達が去年と同様に離れた学舎の上階から観戦しているのを見ると、上級生として例外的に自由に学内を歩き回れる身であることに感謝を覚える。


 そんな複雑な思いで眺めていた学舎から、黄色い歓声が上がった。きっと彼女らが観ている試合場に、白兄か出てきたのだろう。


「白兄の試合も捨てがたいが」と呟きつつ、シュンはカイの試合を観たくて移動し始めた。


 黒衣の青年を探しながら——。






 予選試合はどうやら順当に進んでいるらしかった。行きう生徒達の会話から、『白兄』と『墨兄ぼくけい』の名が聞こえてくる。


 ついでに印象の良くない『呉游ゴユウ』——あれでも武芸試合の常連だ——の名前も耳に入ってきた。


 他にも数名の名前が聞こえてくるが、昨年の試合とは違い、ただ強者というわけではなく剣の腕に覚えのある者達の名前が上げられているのが、シュンには興味深かった。


 ——そう言えば。


 と、シュンはふと自分が知っている中で一人、腕が立ちそうな人物を思い出した。


 何家の衛士、藩紫龍ハンシリュウである。あの呉游を投げ飛ばした彼は出場していないのか?


「本当の学生じゃないんだっけ」


 立ち止まってそう呟いた時、不意に腕を掴まれてシュンは驚いた。


「きゃっ⁈」


ちょう家の! 俺だよ俺!」


 いきなりシュンの腕を無遠慮に掴んだのは、藩紫龍その人であった。前にあった時は洒落た流行りの服で身を包んでいたが、今日は紺の服に甲冑を付けた衛士の姿である。


「なにその格好」


 お洒落なシリュウを覚えていただけに武張ぶばっている彼は少し野暮ったかった。


「笑うな。今日は——今日仕事で来てんだ」


「とりあえずその手を離して下さい」


「おっと、すまねえ。あんたを探して来いって命令されてさぁ」


 シリュウは被っていた衛士の兜を指で押し上げて、人懐っこい笑顔を見せた。


「私を探して来いって……」


 シュンが戸惑うと、彼は親指で天覧席を指した。


「お転婆——おっと、花蓮お嬢様だ。来るだろ?」


「——う……」


 シュンは割符わりふの事を思い出して言葉に詰まる。シリュウもそこはわかっているらしく、めんどくさそうに溜息をついた。


「来てくれよ。あの事は言わねぇから」


「でも、顔を合わせづらい……」


「いいからいいから」


 そう言うとシリュウはまだ迷っている少女の背を押した。





 次回『それは嫉妬でしょうか』

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