第110話 光ある場所ならば
なんで急にこんな事に。
隠れ家から
二人の間にケイがいるから、気まずい二人が普通に話せるのだ——なんでそれがわからないのだとまたもや同時に二人はケイを恨む。
無言で数歩進んで、あまりの気まずさにシュンの頭の中は真っ白になる。何か程よい話題はないものか。先程の良い雰囲気を保ちつつ、二人の関係に踏み込まぬ話題を探してシュンは黙り込む。
その横で歩くカイも何を話せば良いのか途方に暮れて、シュンの様子を伺うばかりだ。
「あ」
「なんだ?」
シュンの動きを見過ぎたために、彼女の小さな呟きを耳にして、カイは反射的にすぐ返事をしてしまった。
「え……と、カイ兄は何か夢のようなものはありますか?」
「夢?」
「そ、そうです。もしも、
「…………」
暗がりの中、シュンの問いに対してカイがどんな顔をしているのか分からず、シュンは余計気まずくなった気がした。慌ててその質問を取り下げる。
「すみません、なんでもありません」
周公の名を出すのではなかった——そう後悔して
「……旅をしてみたい」
と、はにかんだような答えが返ってきた。今、カイ兄はどんな表情をしているのか、シュンは気になったが暗い廊下では判然としなかった。
「旅、ですか?」
「ああ。
「はい」
普通は国境を越えるのは商人である。身を立てるために他国へ渡る者、学びの場を求める者。或いは国に居られなくなった者。戦が有れば軍隊か。
「でも商人でなくとも、お前の知ってる『
見えないと思っていたカイ兄の顔が見えた気がした。シュンは彼の
「俺はいろんな所を見てみたい。うん、それだな」
「
「そうだな……
「北の……?」
「書物で読んだだけだが、はるか北方では海が凍るっていうんだ。俺はそれが見てみたい」
一瞬にして少女の瞳にその光景が浮かぶ——。
黒衣の青年が白い雪と氷に閉ざされた北の大地を
——幼い頃耳にした『伯焔公』の北国の話のせいだろうか。
「
「——世界の果て、か」
「……私も、行ってみたいです」
思い切って言ってみた。
叶わぬ夢と知りながら、何処か叶う気がして。
カイから戸惑う気配が感じられ、また暫しの無言の時が生まれる。
「おい、もしもの話だろ」
「今くらいそんな事を言ってもいいじゃないですか」
「……わかった、この廊下を抜けるまでな。いいぜ、連れてってやる」
連れてってやる——。
カイのその言葉が胸に響き、闇の中でシュンは一人頬を染める。
連れ去られてしまいたい。きっと北の果てには何も無い。政治も策謀も何も無い世界——。
「や、約束ですよ」
「なんだよ、真剣だな」
「私、カイ兄の夢は叶うと思います」
それは願いだ。
祈りを込めて、シュンはそう願った。
つづく
次回『月光と暗闇と』
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