第106話 手紙


 まだ開けてもいない手紙の事を聞かれて、むしろシュンの方が首を傾げたくなる。それでも皆のただ事でない様子に、急いで手にしていたを改める。


 しっかりとした上質の紙を使っている手紙は、華やかな色で箔が使われていた。宛名はきちんと『張春』と記されている。


 こんなに贅沢な紙を使うのは花蓮カレンか実家の母か。


 そう思って組紐を解き、封蝋に目をやると、見た事のない家紋が押してある。不審に思いながら蝋を割ると、その場に集まった少女達から嬌声があがった。


 最上級生のシュンが相手でなければ、取り囲んで中身を見ようという勢いである。その様子に首を傾げながら、シュンは開いた手紙に目をやった。


 中身は端正なきりっとした文字の男手で、文字数は少ない。そういう意味では普通の手紙ではなかった。


 さっと目を通すと、最後に『周恵しゅうけい』の二文字がある。


 ——『白兄はくけい』?


 それを確認すると、シュンは落ち着いたさまよそおって手紙を伏せた。


「お姉様、お手紙には何と?」


 皆、興味津々の目でこちらを見ている。使用人が持って来ただけでは、ここまでの騒ぎにはならない——。


「まさか、これを持って来たのは……?」


 答えはやはりそうであった。


 ——まさか『白兄』御自身が持ってこられるなど。


 思いもしなかった。


 道理で女子みんなが集まって来たわけだ。『白兄』自らが女子寮に持って来たのなら、その場にいた者全てが目を奪われてしまうのは間違いない。更に口伝くちづてに広まってこの人数がやって来たのだろう。


「それで、なんと書いてあるのでしょう?」


 皆が一斉にきらきらとした瞳でシュンを見る。なんといってもあの『白兄』が持って来た手紙である。


 手紙の相手は誰かと盛り上がり、宛名がシュンであるとわかると「恋文ではありえない」となり、次いで上級生のシュンに女子寮の誰かへの伝手つてを頼んだのではと勘繰かんぐってやって来た——と、見える。


 シュンは『白兄』からの手紙を彼女らに渡した。「きゃっ」と歓声があがる。


「えーと、『重陽ちょうようの宴を来たる九月九日、戌の刻に開きます——……これだけ、ですの?」


 手紙は次々と手から手へ渡っていくが、目を通した者は余りに短い文言に首を傾げた。やがてそれはシュンの元へと帰って来た。


「お姉様、重陽の節句のお誘いですのね?」


 シュンはその可愛らしい問いに、ふっと笑った。


「上級生の講義の一環で行われるみたいね。同じ講義の受講生に配っていらっしゃるのでしょう」


「ええっ? 私も行きたいですぅ」


 私も私もと、手があがる。


 シュンは微笑みながら首を振った。


「残念だけど、私には義理で配られたようですよ」


「義理、ですか?」


「ほら、場所が書いてないでしょう。きっと殿方だけで行うのではないかしら」


 少女達から「なあんだー」と残念がる声がもれる。その一方で「やはりシュンお姉様とは何もなかった」という安堵にも似た空気も流れた。


「私のような者を招待するわけないでしょう。女子寮をご覧になりたかったのでは?」


 シュンが笑いながら言うと、少女達は「誰かお目当ての方がいるのかしら」ときゃあきゃあと騒ぎながら部屋を出て行った。


 パタンと軽い音と共に扉が閉められると、シュンは深いため息を吐いた。手元に戻って来た『白兄』からの手紙に再び目を落とす。


 確かに日付と宴の案内だけの簡素な手紙である。しかしシュンにはどこに行くべきかはわかっていた。


 気がつけば、我知らず口の端に笑みが溢れているのがわかる。


 ——なかなか隠れ家に行かない私を、わざわざ呼んでくださっている。白兄にお会いするのは恥ずかしくもあるけど……。


 あえて凝った手紙を自分で持って来るのだから、この招待を無断で欠席するわけにはいくまい。


 ——行くしかない。


 とシュンは腹を決めた。




 つづく




 次回『貧民街』





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