第103話 苦手な場所
ケイのその言葉が頭に染み入るまで——理解できるまで、カイは少々時間を要した。
「じょし……学科……?」
きょとんとしたカイの様子に、ケイが笑いを堪えきれずに吹き出す。
「意外すぎて驚く事も出来なかったぞ。あれが今更、
「……お前、失礼だな」
「いや、すまん。似合わなすぎて」
くすくすと笑うケイを横目に、カイは考える。
まあ意外ではある。意外だが、確かにカイから身を隠すには絶好の場所だ。
——俺は絶対気が付かないし、気付いても入れない場所だからな。
一般の男子学生は
彼は女子学科の女性師範にも知り合いが多い。女子用の講義棟の入り口くらいは通れるだろう——いや、女子生徒なら彼を通してしまうだろう。
「……で、あいつは何をやっていた?」
カイが不機嫌そうに聞くと、ケイはまだ笑いながら、
「女子の立ち振る舞いの作法を習っていた」
だがあまりにも立ち振る舞いが男のようにきびきびとしているので、散々注意を受けた後、
だがカイは笑う事なく真面目にそれを聞くと、その講義室は何処かと訊ねた。
「お前、女子の講義棟に入る気か?」
「……入り口近くで張ってる」
カイは講義室の場所を聞くとさっさと出て行ってしまった。
シュンは所在なさげに作法の講義を受けていた。今まで受けたことがなかったので、非常に居心地が悪い。講義室が男子とは違い、豪奢な装飾の『部屋』になっている。椅子も卓も実家にあるような凝った作りの物で、男子の使う実用的な物とは違っていた。
そして、見た目に一人浮いている。
皆が柔らかな衣服を花のように纏っている中で、ぱりっと折り目正しい男物の衣服を身に付けているのだから仕方がない。
それ以上にこの中の誰よりも茶の淹れ方も花の飾り方も下手である事を痛感する。下手だと割り切ってしまえば、あとは練習して上手くなるだけだが、それが自分の望む事なのかと疑問を持ち始めるから始末が悪い。
それらを学びたい気持ちもあるが、それよりも学問や武術を——と望む気持ちが強い。
——いえ、茶の作法の一つもきちんと出来た方が良いだろう。
せめて『白兄』くらいの
そう考えればシュンが女子の学科を受けているのもまんざら理由が無いわけでもないのである。
カイへの定まらぬ気持ち故に、彼の前でどうありたいのか考えた末に此処へ来ている。ケイがそれを知れば「やはりな」と笑うだろうが、シュンはいたって大真面目である。
「——では、ここ迄に致しましょう。茶器は
師範の女性が優雅な仕草で生徒たちに指図する。皆はそれぞれ茶器を盆にまとめると足音も立てず——片付けにゆく。
シュンは音を立てぬよう気を使い、もたもたと茶器をしまって、皆の後から片付けに並ぶと最後に部屋を出る。
——さてこの後はどうしようか? 裁縫の授業は流石に苦手だし……でも少しくらい
考え事をしながら歩いていると、誰かにぶつかりそうになる。
「すみませ……ん……」
謝りながら顔を上げると、そこには黒衣姿の背の高い青年が前を塞いでいた。
つづく
次回『その一瞬に想いを』
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