第97話 初恋
音も無く幕を開くと、シュンの白くすらりとした肢体があらわになる。細い腕がゆっくりと黒髪をかき上げていく。
カイは自分の頬に血が昇るのを感じた。同時にそれはふわとした柔らかな感情をももたらす。
そして見られている方も——シュンも気配を感じた。風の動きに気づいて振り向くと、そこにはカイが立っている。
一瞬、目を疑った。
何事かと、何が起きているのかと混乱し、慌ててはだけた服で胸元を隠す。
「カ、カイ
咎められた方は「ん……」と曖昧な言葉で返事をする。うっとりと、眩しそうに目を細めて自分を見つめる黒い瞳に、シュンはますます困惑した。
顔が赤くなるのがわかる。
「あの……?」
「ああ、なんつーか、お前」
と、カイは素直に言う。
「お前、綺麗だな」
予想外の答えに、シュンは頭の中が白くなる。
「な、な、何を言ってるんです?」
慌てるシュンに構わず、カイは前へ踏み出した。
「綺麗だ、って言ったんだ」
「え、あの……?」
「言われたことは無いか?」
カイは身をかがめながら、シュンに身を寄せた。シュンは激しい動悸を覚えながらもカイの問いに答える。
「……無い、です」
近づくカイから逃げるように身を引くシュンに、彼はふっと優しげな笑みを浮かべると、
「見る目がない奴ばっかりだな」
と、日に焼けた力強い手でシュンの細い肩をとらえた。シュンは驚いて反射的に下がろうとしたが、床についていた片手が身体を支えきれず、そのまま床に仰向けた。
そのままカイが上からのしかかり、逃げ道を塞ぐ。
シュンがあまりのことに声も出ず、その濡れる黒曜石のような双眸を見開いて身を固くする。それには気付かぬカイは片手で自らの身体を支えたまま、空いた手で彼女の額にかかる前髪を優しく払った。
その手はシュンの頬に触れると、ゆっくりと首筋から胸へと降りて来る。
そしてその胸元を隠す白い腕を、そっと開かせる。
「…………」
少しの抵抗を感じたが、腕は開かれ、戸惑ったままの少女の身体が天窓から射す陽の光に晒される。
無防備な白い半身は柔らかな双丘が露わになり、それを隠そうと身を捩るシュンの首筋に、カイは優しく唇を寄せた。甘やかな少女の香りにカイは惑乱させられる。頭の奥が痺れるほどに彼はぼうっとなる。
思わぬカイの行為から逃れようとシュンは首をのけぞらせるが、カイの唇はそのまま下へと降りてゆく。
シュンは時が止まるのを感じた。
酩酊したように目が回る。
世界の何もかもが急に色を帯び、鮮やかになる。
——カイ兄……。
彼の無骨な手が柔らかな膨らみに触れ、再びシュンは身を強張らせる。それも束の間、カイの唇が桜の蕾にも似た部分に触れて来ると、また身を捩らせる。
その愛しげな触れ方にシュンは思わず小さな呻き声をもらした。
「…………」
その吐息にも似た声が、カイの
彼は身を起こすと真上からシュンを見つめる。うっとりと自分を見つめる黒い瞳と目が合い、シュンの胸が早鐘を打つ。
愛しげに、愛しげに。
カイはシュンの頬を片手で包むと、ゆっくりとその珊瑚色の艶やかな唇を塞ぐために己の唇を近づけた——。
「こらあ!!」
背後から響くケイの怒号に二人は驚いて身を離す。
——一時の夢は破られた。
つづく
次回『ケイの詰問』
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