第89話 四神の蔵
「
「聞いた事はないか? 身分照会の
シュンはうなずいた。
「はい。一つの木板に文字や印をつけて割り、それぞれをお互いに持つ事で相手を確かめる為の物——ですね」
「やはり良く知っておるのう。いかにもその通り。遠方との商売や軍の中でも使われる。通行手形として使う所もあるじゃろう」
「割った断面と表層の絵柄が符合すれば、取引相手であるとわかる——という物だと聞いております」
シュンはその割符をしかと見た。
「さて、シュンよ。この蔵の壁にある掛軸が何かわかるか?」
「はい。東西南北の四方を守護する四神の絵でございますね」
シュンは淀みなく答えた。
何大臣はゆっくりと掛軸を眺める。眺めながら、
「東に青龍、南に朱雀、西に白虎、北に玄武——」
そう言って自慢の髭を撫でる。
「——中央に置いてあるそれが何を指すか、
「……
「私などにこのような貴重な物を見せて頂き、有り難く存じます」
「そうかそうか。やはり其方には価値がわかるか。花蓮など興味の
シュンは再び箱を組紐で元通りにしながら、
「四神が護る中央の箱……という事は、これは『王』を指します。これはシン王太子殿の割符でございますね」
「そうだとも。これは太子の母親に渡された割符だ。彼が先王の血を受けた子の証にな」
大臣の言葉に、シュンは
「王族側の割符は現王の元にあるのですね。そしてシン王太子殿の後見の何大臣殿の元に片割れが保管されている」
「その通りだ。さ、行くぞ」
何大臣は長衣の裾をひるがえすと、先に立って蔵の外に出た。シュンもその後を追う。その顔が青白く血の気が引いていることに、大臣は気が付かなかった。
昼間であれば誰かが気が付いたかもしれない。しかし夜の庭では誰であっても気がつくまい。
そして再び蔵に重々しく錠がかけられる。
「これは普段は開かぬのですか?」
「開けぬさ。次に開ける時は、彼が王位につく時かもしれぬ」
「……近うございますか?」
「おいおい、其方はどこまで政治に興味を持つのじゃ? まるで男のような……おっと、すまん」
大臣の揶揄に、シュンは軽く微笑んだ。
「シン王太子殿と関わらねば、疎いままでした」
それは嘘ではない。
「学内では王太子様を宜しく頼むぞ」
「は」
何大臣はその返事を受け取ると、屋敷へ向かって歩き出した。首だけを振り向かせてシュンへ言葉を投げかける。
「遠くはないぞ」
「は?」
シュンは聞き返して一瞬後にその意味に気がつく。大臣はシュンの驚いた様子に満足げにうなずくと、宴へと戻って行った。
驚いたシュンは、しばし胸に手を当て、暗い庭と眩い屋敷の境に一人佇んでいた。
次回『シュンの覚悟』
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