第88話 蔵の中身


 流石さすが大臣も言葉に詰まった。


 だが蔵の中身は、シュンが守り切った物でもある。


 ——今まで聞きもしなかったものを何故なにゆえ今……いや、この娘の事だ。ずっと遠慮をしていたに違いない。


 わしと話す機会に本音を漏らしたのだな、と大臣は受け取った。そして何かひらめいたように立ち上がる。


「よかろう、シュン。面白いものを見せてやる」


 家の主人が立ち上がったので、周りの者も追従して立ち上がりかけた。しかし何大臣はそれを片手で制する。


「シュンだけだ。少し席を外すぞ」


 そう言ってシュンを伴い庭に出る。シュンはそっとあたりをみまわしたが、あの夜に見かけた白い花はまだ咲いていなかった。


「そなた、紫珠しじゅで学問を修めた後は何をするつもりだ?」


 少し先を行くこの国の要人の背を見つめながら、シュンは決まり悪そうに答える。


「恥ずかしながら、いまだ定まりませぬ」


「そうか。そなたは花蓮カレンの婚儀のことは知っているな?」


「それは内密なのでは……」


「ふはははは、やはり知っておるな。実はな、花蓮が後宮へ入った後に、これを護衛する者が欲しいのだ」


「えっ?」


 さすがにシュンも驚く。


「後宮の中での護衛ですか?」


「うむ。男は入れぬ場所だ。女官でも良いが、もっと花蓮専属の衛士として、そなたに後宮の内外を問わず護衛してもらう事を考えておる」


 シュンは予想外の話に言葉も途切れがちになる。気持ちをこれ以上乱したくない。


「……そのような……お考えが……」


「なに、今すぐでは無いわ。頭の隅にでも入れといて貰えれば良い」


「はい」


 からからと笑う何大臣の真意を計りかねているシュンに気づかず、彼は鷹揚に衣の袖を振って指し示した。


「さ、着いたぞ」


 そこはシュンとカイが初めて会った場所であった。いざその場に立つと、懐かしさと、あの時の驚きとがない混ぜになって押し寄せてくる。


 その蔵は今や物々しい警備に囲まれていた。


「あれ以来、片時も見張りを絶やさぬようにしておる」


「……それ程までに大事な物があるのでしょうか?」


「ふふふ、あるぞ」


 そう言って何大臣は懐から無骨な鍵を取り出した。錠に差し込むと、ガチャリと音がして錠が外れ、重い扉がゆっくりと開かれる——。





 中には腰ほどの高さの台座が一つ。


 その上には黒塗りの文箱が載っている。丁寧に紫色の組紐で箱は封をされていた。


 それ以外は何も無い。


 中には警備の者は居なかった。


 がらんとした蔵の中、特徴といえば四方の壁には四神の掛け軸が掛けられているくらいだ。そして格子窓から差し込む月明かりがその文箱を照らしている。


「これの為の蔵だからな」


 何大臣は月明かりの中、文箱にかけられている紐を解いた。シュンの目がその箱に釘付けになる。


 ゆっくりと文箱の蓋が持ち上げられ——。





 中には天鵞絨びろうどに包まれた小さな何かが入っていた。その仰々しい包みを、大臣自ら開いてゆく。


 包まれていたのは、翡翠の玉を飾り緒に使った手のひらに乗るほどの小さな木片であった。


 板のようなもので、漆塗りの赤と黒で仕上げられた上に金色の文字が書いてある。一方のふちが折られたようになっていた。


 よく見れば塗りは所々はげていて、長い年月を感じさせた。


「これは……」


割符わりふじゃ」





 つづく



 次回『四神の蔵』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る