第87話 再び何家へ


 その日、何家かけは客人を迎えるというので華やいでいた。もっともこの大家たいかが華やいでいない日はないのだが、特に張家ちょうけの令嬢は家人にとって物珍しいらしく、いつも好意的に迎えられている。


「シュン!」


 とびきり明るい声がした。花蓮カレンだ。


「花蓮、久しぶり」


「……っとと、シュン、その格好はどうしたの?」


 今夜のシュンは珍しく髪をまとめている。まとめているのだが、結い方が男子の様で、動き易そうないつもの服と相まって余計にそう見えてしまう。


「今日は流石に……まるきり男の子ね」


 いつもは何処かに桃色や紅色をあしらっていて、女子らしさがあるのだが、今日のシュンは白に紺のきりりとした衣装だ。もちろん刺繍がほどこしてあって、清廉さの中に幾ばくかの煌めきがある。


「ちょっと……大臣に御礼と御願い事とがあって——」


「ふうん。何か企んでいるわね」


 花蓮はニヤリと笑った。


 シュンは一瞬、どきりと心臓が跳ね上がったが、努めて顔には出さない。何も気付かない花蓮は、華やかな衣装をふわりと舞うように揺らせて、


「ま、いいわ。こっちよ」


 と、父・何大臣の元へとシュンを連れて行くのだった。




 父と二人並んで形式的な挨拶を済ませると、後は一転して和やかな宴となった。シュンは花蓮と久しぶりにゆっくりと話をする。


 やはり気心の知れた友人とのお喋りは楽しいものだ。しかしそれでいてシュンは頭の片隅に、ある一つの『絵』を描いていた。問題はそれをどう実現させるかだ。


 シュンは花蓮と話しながら、時折、何大臣の顔を伺う。それから心の中で、覚悟を決め、幾度か練習した文言を改めて思い浮かべた。


 一つ、機嫌の良い時を見計らう。


「花蓮、貴女あなたの御父上に御礼をしてくるわ」


 一つ、清廉な印象を与える事。


大臣様」


 シュンは何大臣の前に出る。その凛々しい姿に、大臣は目を見開き次いで鷹揚に微笑んだ。


「おお、シュンか。相変わらず頼もしいのう」


「おかげさまで上級課に進む事が出来ましてございます」


「ほう、わしが推したと誰に聞い

た?」


「学長様に直接」


「ははは、花蓮も良く口にしていたが、中々の武勇伝であるな。こっそり試合に出たとか? わしも見たかったぞ」


「恐れ入ります」


 一つ、相手がと興味を持つ話題を振る。


「時に何大臣様。教練校の中に、王太子様の『護り手』が居るそうですね。甘凱かんがい殿が、私だと勘違いなさいました」


 あくまでも無邪気に微笑むシュンに、何大臣も目を細めて笑った。


「はっは、奴め口が軽いのう。如何いかにも『護り手』は学内に潜ませておる。目立たぬようにな」


 それからシュンは『王太子』で思い出したとばかりに、シンとの手合わせの話をする。すると大臣は更に話に乗って来た。


「その節は花蓮が我儘を言ったそうだな。しかしおかげで花蓮も王太子様に興味を持ったことだろう。感謝するぞ——」


 いつになくシュンを相手に饒舌になった大臣は、一息ついて杯を煽った。唇を湿すと少しだけ声を落とす。


「そなたには昨年のでも世話になったな」


 目的の話にたどり着き、シュンは我知らず目を光らせた。


「王太子様の学問の件といい、花蓮のことといい……上級課に進ませただけでは足らぬな」


 大臣に微笑まれ、シュンは慌てて頭を下げた。


滅相めっそうもございません」


「はっはっは、遠慮するな。何か欲しいものでもあるか? そなたなら剣か槍か……いや、書も良いな。男子であれば頼もしき跡取りに——」


「御冗談を」


 相槌の如くシュンもまた微笑んだ。


「何かないのか?」


 問われてシュンはわざとらしく小首を傾げる。


「大抵の物はありますので……そうですね、気になる事がひとつ」


「何だ? 言うてみよ」


 張家の令嬢は恥ずかしげにおずおずと申し出た。


「あの……例の蔵の中に何があるのか知りたいです」





 つづく



 次回『蔵の中身』

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