第83話 カイの本心


 ひとしきり稽古を終えると、息を切らしながらシュンは口を開いた。


「やはり……私では相手になりませんね」


 今までの練習と違い、本物の刃が付いていると武器の重さが違う。何より扱いにも気を使う。


「お前もたまに鋭い切返しをするからな。あなどってはいないぜ」


「そう思っていただけると嬉しいです」


 恥ずかしそうに笑うシュンを見て、カイは何かを決心したように真顔になった。


「お前、どっちを取る?」


「何をです?」


「俺達と、太子とだ」


「それは——両方です。どちらもお救いします」


「その気持ちは、変わらないか?」


 シュンは当たり前のように「はい」と答えようとして、カイの真剣な表情に思わず口を閉ざした。


 カイけいは何を言おうとしているのか——?


 少しの沈黙の後、やがてカイがぽつりと呟いた。


「俺はあいつが嫌いだ」





「シン王太子に、会った事が……あるのですか?」


 シュンはカイが真剣に話をしているのを受け止めようと、慎重に言葉を選んだ。


「会った事はねぇよ。けど、嫌いだ」


何故なぜなのです?」


「……俺があいつの影だからだ」


 再びの沈黙。


 それを破ったのは、カイの苦笑まじりの言葉だった。


「わかんねぇか」


「いえ……」


「あいつがいるお陰で、俺は破格の待遇を受けている。それは間違いない。だけどその果てに何がある?」


「……」


「俺はいずれあいつになる。その為に育てられたからな。そうしたら俺はどこへ行くんだ?」


「カイ兄」


「そう呼ばれることもなくなる。俺が先に生まれて来たのに、あいつが生まれて来たことで、俺は俺で無くなる」


「カイ兄、そんな事言わないで下さい」


 シュンはカイの事もシンの事もどちらも否定などしたくなかった。


「お前はこの企みを止めると言ったが、それは無理だ。周公の手によって動かされている計画に、どうやってお前が関わる気だ?」


「それは……」


「俺はあいつと入れ替わった後、何をする?何も出来ない、ただの人形になる。周公の子を自分の子として、そいつに王座を譲る為に戦で死ぬ。そこまで絵図面が出来てるのさ」


「……」


「だから俺はあいつが——太子が嫌いだ。俺の生き方を決めてしまったあいつが」


 おそらく、ケイにも話した事が無いであろう心情を、カイは今、シュンに吐露していた。


「お前があいつの事を心配で世話焼きするなら」


 と、カイはシュンを見据えた。


 黒い双眸が怒りとも悲しみとも違う、何が静かな意思をたたえている。


 そしてカイははっきりと言った。


「お前はもう、此処ここへは来るな」





 つづく



 次回『懊悩』

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