第82話 仲直りと嫉妬


「!!」


 あまりの高い跳躍に、皆息を呑む。


 シンは空中で木剣を逆手に持ち替える。そしてそのまま——。


 ——突きか⁈


 シンの木剣はシュンの肩をかすめた。


 しかし宙を舞う少年はそのままシュン目掛けて落ちて来る。咄嗟にシュンは自分の剣を盾にした。


 彼の足がシュンの木剣を捉える。


 ——蹴り、か。


 シンの勢いを殺せず、シュンは後ろへと弾き飛ばされながら、そう分析した。


 背中から道場の壁にぶつかり、遅れて師範の声が響く。


「それまで!」


 わあっと歓声があがり、道場内が沸き立つ。上級者と近衛兵に勝った女傑を相手に、シンが——『王太子』が勝ったのだと、少年達は騒ぎ立てる。


 ところが勝った当の本人は、慌ててシュンの元へ駆け寄った。


「ごめん、大丈夫?」


「ええ。それより驚きました。あのような手で来るとは」


「黙っててごめんって、言ったろ?」


 シンは得意げに続けた。


「俺、この技で街の悪い奴らから仲間を護ってたんだ。身軽だから出来るんだけどさ。王宮ではやめろって言われるけどね」


「いいえ、戦いの最中は何があるかわかりません。得意な戦法なら、やめる必要はないでしょう」


 だからソウと二人で練習していたのだと、少年は笑った。シンが離れると、入れ替わるように花蓮かれんが近づいて来た。ひどく心配そうだ。


「シュン……大丈夫?」


「ええ、平気よ」


「あの子、よくも私の友達を——!」


「か、花蓮よしてよ。試合なんだから」


 それにけしかけたのは花蓮である。しかし彼女はそんな事は忘れる程、怒っていた。


「駄目よ! 女子を蹴るなんて、あり得ないでしょ!」


「承知の上で試合っているの。手を抜かれる方が、私には侮辱なの。それに」


「何よ?」


「王太子殿は私に勝ったわよ。どうだった?」


 シュンは、花蓮が少しはシンを見直すかと期待して微笑んだ。花蓮は顎を上げるとシンから目を逸らした。


「……ふん。やっぱり年下のくせに生意気だわ」





「ほう、王太子と仲直りできたのか。なかなかやるな」


「はい、白兄はくけい。取り敢えずほっとしました」


 花蓮が帰ってから——シンと試合ってから数日後、シュンは隠れ家でそう報告していた。


 ケイに報告するシュンを横目で見ながら、カイはとても不機嫌そうだった。


「……ほっとけって、言っただろうが」


「カイ兄、そんな怖い顔しなくても」


「顔は生まれつきだ。——お前、太子に興味があるのか?」


 カイの質問にシュンは首を傾げた。


「興味ですか?……というより、私達三人は既に太子と関わりを持ってしまっているではないですか」


 カイは頭をかきながらシュンから目を逸らした。


「そういうのとは違って……ほら、なんつーか、お前、世話を焼きすぎだろ」


「そうですか?今回は友人のおかげで関わったのですが、なかなか剣の資質はありそうでしたよ」


「お前っ、剣を教えるつもりか⁈」


 慌てたカイがシュンを止めようと制すると、シュンは笑って否定した。


「まさか。私如きの腕では、とても出来ません。まだまだ私も稽古しなくては」


 二人の会話を聞いていたケイがさもおかしそうに吹き出した。


「シュン、カイが言いたいのは……君を巻き込みたくないから、太子と接するなと言っているのだよ」


 多少は違う感情もあるだろうと、ケイは思う。戸惑ったシュンがカイの顔に目をやったが、彼の視線はケイに向けられていた。


「そういうんじゃねえよ」


 と、素っ気ない。シュンは二人を見比べながら聞き返す。


「でも、お二人はあのめる気はないのでしょう?」


「当たり前だ」


「では、やはり私もついて参ります」


「……堂々巡りだな」


 カイは立ち上がると、剣を手にしつつ、シュンに声をかける。


「お前、やるか?」


「はい」


 元気よく返事をして、シュンも立ち上がった。


「そうだな、一番得意なヤツにしろ」


「では長刀なぎなたで」


 床下から外に出ると、カイが珍しく利き手の右手で剣を構えた。


「カイ兄、右手でされるのですか?」


「思い通りに動くからな」


 最近はシュンの相手をするにも、真剣を使う事が増えてきた。真剣ならば左手よりも利き手の方が、より稽古をしやすいのは言うまでもない。


 そしてシュンには得意な長刀を持たせる——。


 こちらも模造刀ではなく、本物を使う事が多くなって来ていた。やや実戦に近づいたとシュンは心の中で喜んだ。


「来い」


「はい!」


 剣戟の響きが、隠れ家のケイの耳にも聞こえてきた。




 つづく




 次回『カイの本心』

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