第79話 シュン、巻き込まれる


「こらぁ!!」


 いきなりの怒号に、シュンと花蓮は飛び上がった。驚きのあまり、勢いよく振り返る。


 怒鳴った師範は、厳しい顔で二人を見ていたが、一方がシュンであると分かると「なんだお前か」という顔をした。


「君は上級へ進んだのではなかったか?」


 師範にそう言われて、シュンは反射的に膝を付いて挨拶する。


師父しふ参水さんすい。申し訳ありません、友人を連れて参りました」


 そう言って花蓮を紹介する。案の定、参水さんすい師範もかしこまって彼女に挨拶をする。


「しかしどなたであっても、道場で騒ぎ立てるのは良くありませぬぞ」


 そうたしなめる所は、先程の場所を聞いた師範とは違い、師としての役割を守っているといえよう。シュンの武課の受講を受け入れたのも彼であった。


 花蓮は背筋を伸ばして、


「どうしても確かめたい事がありまして、お邪魔しました」


 とすまして言う。


 シュンはそばで聞いていて、シンの顔を見たかったんだなとうなずく。


「私の友が如何程いかほどに腕が立つのか、知りとうございます」


「え?」


 シュンが驚いて花蓮の顔を見る。


 参水はシュンに目をやると、「なるほどな」などと言う。彼はシュンに「女子で無ければな」と彼女の武を評した事があった。


「では少しお待ちを」


 そう言って参水は道場の中へ戻って行った。


「ちょ、ちょっと!花蓮!何を言っているの?」


 シュンが花蓮の腕を掴むと、花蓮はぺろっと舌を出した。


「いやー、上手うまくいったわね」


「何が⁈」


「あの子の実力がわかるじゃない?」


「手合わせしろって言うの? 無理よ! 太子様を出す訳ないでしょう?」


「そこは私に任せて」


 花蓮はばちーんと片目をつぶった。


 何をする気なのかと不安が胸をよぎった時、参水が戻ってきた。


張春ちょうしゅんはこちらへ、何家かけのお嬢様はそちらに」と案内をする。


 仕方なしにシュンは道場に足を踏み入れた。なんだかとても懐かしく思えた。


 それも束の間、参水に木剣を渡される。


何家かけのご令嬢の護衛でも引き受けるのか?其方そなたには向いているかもしれないが」


「そう言うわけではありませぬが……」


 答えつつ前を向くと、どうやら道場の中でも上級者の組に連れてこられたようだ。皆、練習の手を止めてこちらを見ている。中には少し前までシュンが在籍していたので、彼女の事を知っている者もいた。


「そちらの端から順に出よ!遠慮は要らぬ」


 声をかけられた少年が慌てて前へ出て来る。十人ほどがそこに並んでいた。一対一なら、シュンにも自信がある。校内の試合での結果が、彼女に自信を与えていた。


 それにここにいる者達は、今までまともに手合わせをしてくれなかった連中だ。シュンの腕前は知らないだろう。


 シュンも前に出て木剣を構える。


 構えると同時に、シュンを舐めてかかってきたのだろう、相手は直ぐに剣を振りかぶって出てきた。


 が、シュンは太刀筋を読む。


 隠れ家での実戦稽古が役に立った。


 シュンは軽く相手の剣を払うと、木剣で叩きはせずに、相手の襟首を掴んで参水の方へ投げ飛ばした。


 足元に一人転がって来たのを見て、参水は「次!」と叫んだ。


 一人目のてつを踏まぬよう、二番手はやや慎重に踏み出して来る。こちらの出方を待っている手だ。これでは時間がもったいない。


 シュンは切っ先をすっと弧を描くように回転させ、相手の木剣を絡めとるとそのまま大きく踏み込む。


 絡めた木剣を相手が慌てて引く頃には既に懐にシュンが入り込んでいる。そのまま肩で相手の胸へ一撃を与え、弾き飛ばす。彼もまた参水の足元に転がった。


「次!」


 参水の声が飛ぶ。


 三番目にシュンの前に現れたのは中でもがっしりとした体格の男子である。シュンは先程覗いてみた時に、この子がこの中で一番強いと踏んでいた。そしてそれは彼の態度にも現れていて、いかにも自信たっぷりに木剣を構える。シュンもまた合わせるように構えた。


 彼は体格の良さを生かして大きく踏み込んでくる。遠くからの跳躍に皆が一瞬息を呑む。が、シュンはさらりとごく自然に身体を捻るだけでかわす。


 そのまま足をかけて転ばせた。


 どどどっと脚をもつれさせて、三番手も参水の足元へ転がって行く。師範は首を振った。


「張春、これでは剣の稽古にならんぞ。まともに試合ってみろ」


「よろしいので?」


「かまわん。次!」


 シュンはふう、と軽くため息をついた。




 つづく



 次回『シンの気概』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る