第80話 シンの気概


 シュンとしては出来るだけ相手を痛めない手法を選んでいたのだが、師範の手前そうもいかなくなった。


 ——胴当てのある所を狙うか。


 シュンは皆がつけている胴当ての部分を狙うことにした。今の彼女ならそれくらいの力量はある。


 数回木剣をぶつけ合うと、相手の腕が上がって来た所で、横ざまに胴を叩く。


 或いは柄の方で打突を入れる。


 更に三人を倒された所で、参水さんすい師範が稽古を止めた。顎に手を当てながらひとしきり感心する。


張春ちょうしゅん、荒っぽいが随分と強くなったな」


「ありがとうございます」


「いや、我々が知らなかっただけか」


 参水の呟きを耳にして、シュンは少し誇らしくなった。修練を続けて来て良かった、そう思えたのである。


 そこへ花蓮がしとやかに近づいて来た。


「シュン、あの子と試合しあってみて」


「ちょ……冗談でしょ?」


 シュンは自分の事で精一杯で、シンが見ている事を失念していた。今更、そちらを見るのが怖いくらいだ。


 ところが花蓮はシュンには構わず、シンに向かって声を掛ける。


「そこの子はやらないの?」


 腕組みをしてシュンの稽古に見入っていたシンは即座に反応する。自然と前に出ようとするが、近衛の参岳さんがくに止められた。


「いけませぬ。怪我をなさったら……」


「何の為の練習だよ⁈少しの怪我なんて構わないよ!」


 抗議の声をあげるシンに、参岳が耳打ちする。


「皆の前で負けたら、恥ですぞ」


 一瞬、言葉につまるシン。参岳の言いたいことはわかる。胸の奥が冷たくなって、目の前が暗くなっていく気がした。シンの失態——それは王家へのそしりを招くからだ。


 シンが大人しく引こうと思った時、頭の中に兄王の姿がよぎった。


「……兄ちゃん……兄上はどうしてたんだよ?」


 参岳は黙る。


 シンは兄王の姿を思い浮かべた。


 あの人が、そんな手を抜いた稽古をしたとは思えない。


 その思いは彼の心を熱くする。たぎる血が体を巡り、頬に血が上って来たのがわかった。


「兄上は体が弱い。この学校に来た時もそうだったって。でも剣の稽古もしたって聞いた。あの兄上が、うわつらだけの稽古をするって思えない」


 道場の中がしんと静まる。誰もがシンの一挙一動に目を向けていた。


 シンはシュンの傍に立つ参水に向かって問いかける。


「参水師範は兄上を知っているのか?兄上がここで練習した時、どんなだった?皆と同じ事をしてたんじゃないのか?」


 参水さんすいは真っ直ぐにシンを見返す。


「ええ、皆に混ざって稽古し、試合もなされました」


「試合に負けたことは?」


「ありました」


「それでも兄上は立派な王様だ。俺は知っている。あの人はそういうズルをする人じゃない。だから皆に慕われているんだ」


 シンはそう言うと、前に出た。


「俺はあの人と同じ事をして皆と交わらなきゃならないんだ。そうじゃなきゃ、皆、俺の事がわからない。俺も皆の事がわからない」


 参水師範が力強くうなずく。


 花蓮も小声で「やるじゃない、あの子」と呟いた。


「しかし……なりませぬ」


 苦しげに参岳が止める。彼は彼でそう命じられているのだから仕方あるまい。


「じゃあ、あんたに勝ったらその子を出してよ!」


 花蓮の令嬢らしからぬ大声が響いた。


「えっ?」


 参岳も驚きの声を漏らす。


「シュン、やっちゃって!」


「待ってよ、体格差が……」


 少し引き気味のシュンに、参加水師範が練習用の大刀だいとうを投げて寄越した。模擬試合で白兄はくけいが使った武器だ。長いに大きな刃が付いている。もちろん刃は竹で出来ている。


「師範、これ……?」


「使え」


 師範は参岳には木剣を渡している。これでは引くに引けぬ形である。生徒達も興味津々で二人を見ていた。


 シュンと参水はそれぞれ前に出る。


「シュン、頑張って!」


 無責任なお嬢様の声援が、シュンの背中に投げかけられた。






 つづく



 次回『近衛兵との試合』

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