第78話 花蓮、行動す


「嘘でしょ?」


 シュンは思わず声を上げた。間髪入れず花蓮が、


「嘘だったら此処まで押しかけないわよ!」


 と、半分泣きそうな顔で負けじとわめいた。


「よりによって、そんな所に嫁ぐなんて、思いもしなかったわ」


「花蓮……」


 シュンは彼女を椅子にかけさせた。そして自分を落ち着けるように、ゆっくりと話す。


「本当なら、名誉な事だね。花蓮が、王太子妃かぁ」


「名誉?そんなわけないでしょう。お父様の名誉じゃない」


「でも、ほら。後々は王妃になるわけだし」


 シュンがなだめると、花蓮は細い指を顎に当てて頷いた。


「それは悪くない響きよね。でも、問題はそれじゃないわ」


 花蓮は人差し指を顎から離してシュンの目の前で左右に振る。


「その……もしかして庶民の生まれが嫌だとか?」


 大貴族の花蓮ならそこにこだわることも有り得るとシュンは思った。


「それもあるけど、私が言っているのは違うわよ」


「えー、何?」


「年下なのよ」


「え?」


「私より年下なのよ、王太子様は!」


 そういえば、花蓮は年上の先輩に憧れる傾向があった。『白兄はくけい』の事も詳しかったのだから、そうなのだろう。


「でも、悪い子では無いから……」


 言ってからシュンは「しまった」と口を閉じた。閉じたが遅かった。


「どういう事?」


 花蓮の目が険悪な光をたたえる。


「えっと、ほら、その」


王太子様かれを知っているのね」




 結局、シュンは講義で会ったことがあると控えめに説明した。


「ははーん。じゃ、今は紫珠しじゅに居るんだ」


 花蓮はニヤリとした。


「見に行こう!」


「ええっ?」


「何よ。顔も知らない相手に嫁げっての?」


 シュンは花蓮に睨まれて、抵抗するのをやめた。





 半ば引きずられるようにシュンは花蓮に連れて行かれる。せめてもの抵抗にシュンは声を上げた。


「ちょっと花蓮!何の講義を受けているか、私は知らないよ!」


「少しは心当たりがあるでしょ?あ、ちょうど良いわ。あの先生に聞いてみよ」


 花蓮は通りかかった一人の師範を捕まえる。その師範は花蓮のことを知らなかったが、シュンが「彼女は家の令嬢で紫珠の卒業生だ」と伝えると態度を一変させた。


 彼によると、シンはどうやら道場で念願の剣の授業に出ているらしい。


「行くわよ」


「……」


 仕方ない、とシュンは諦めた。


 シン達とは気まずい別れ方をしているので、顔を合わせにくかったが、道場の外から様子を見るくらいなら大丈夫だろう。


 シュンは花蓮を下級生の使う道場へ案内した。中からは賑やかな剣戟の音がする。二人は戸口にそっと近づいた。


 戸に作られた格子窓から中を覗くと、まだあどけなさが残る少年達が集まって剣を習っていた。


 習熟度によって、おおよそ三つの集団に分けられて練習している。


「シュン、何処どこにいるのかわかる?」


 花蓮が聞いてくる。シュンが道場を見回すと、壁際に例の護衛を引き連れた形で、シンとソウが居た。他の者との稽古は許されていないみたいで、二人ともぶすっとしている。「こんなのは剣の稽古じゃない」という声が聞こえて来そうだ。


「花蓮、あそこに居るのがそうよ」


「あのゴツいのに挟まれている子?——子どもじゃない。しかもどっちよ?二人いるけど」


「少しは背のある方」


「どっちもチビじゃない」


「いや、男の子だし。あと少ししたら背も伸びるでしょ」


「顔が気に入らない」


「顔ぉ⁈」


 シュンが驚くと、花蓮はしれっと言い放つ。


「大事でしょ。一応、ずっと一緒にいるんだから」


「顔は悪くないでしょ!まだ子どもっぽいけど、大きくなれば……!」


 シュンはやや複雑な思いでシンをかばう。シンの容貌を否定されるということは、ひいては——。上手うまく説明できない為に、シュンは口をぱくぱくと動かすのみである。


「あら、ああいうのが好みなの?」


 花蓮が初耳だと言わんばかりに意外そうな顔をした。


「好みとかじゃなくて!まだ子どもだから花蓮の守備範囲に入らないだけでしょう?」


「いーえ、もう一人のキツネ目の子の方がまだ良いわよ。あれは男前になる」


「何ですって⁈」


 ぎゃあぎゃあ騒いでいたので、二人は道場の師範が背後に来ていることに気がつかなかった。




 つづく




 次回『シュン、巻き込まれる』

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