第70話 男子寮にて

 紫珠しじゅの教練校にある男子寮の一角に、貴賓室とも呼べる特別な部屋——というよりもむねがある。


 王族専用の棟で大きくはないが、豪奢ごうしゃに造られている。王族が教練校で学ぶ際に宿泊する為のものであるが、直系男子が減った今では、現王以来の使用となる。


 今回は警備の人員も殊更多く、この棟の一階は警備の者達の詰所となっていた。ただし、王太子に付いて校内に入れる警護のものは二名までとされ、交代で二名の衛士がシンに付いて回っていた。


「昨日は王太子様を見失う失態があったが、今日は目を離さなかっただろうな?」


 警備責任者の甘凱かんがいが偉ぶって問う。二十代後半であろうか、胸を張って如何いかにも武人というていである。


「は。本日は無事、宿房へ入られました」


 衛士の返事に重々しく頷きながら、続けて指示を出す。


「全く、初日からあれではたまったものではないな。明日も目を離すでないぞ」


「はっ!」


 衛士達を下がらせながら、甘凱かんがいは上階にいる王太子達を天井越しに睨みつけていた。


 これだから、平民上がりの王族などとそしられるのだ——。





「今日の授業は、あのお姐さんのおかげで助かったな」


 ソウが嬉しげに話しかける。シンもそうだとばかりにうなずいた。


「ああ、あの人以外は皆、妙な目付きでこっちを見てるからなぁ」


 ——学校って、大臣から聞いていたのとは随分違うな。


 シンは兄王も学んだという教練校について、「国王様は教練校において、御学友達とお知り合いになり、今の国政に多大な協力を得たのでございますぞ」と聞かされていたのだが、とても『御学友』が出来る雰囲気ではない。


 みな年上の者ばかりだし、講義は難しすぎる。むしろ政敵に囲まれている気がしたが、それが正解である事をシン達は知らなかった。


「そういや、参岳さんがくに聞いたらさ、あの科を女子が受けるのは珍しいらしいぜ」


 ソウは助けてくれたシュンが、自分達と同じく周りの者と馴染んでいない様子を嗅ぎ取って、衛士の参岳さんがくに聞いてみたのだった。


「シュンねえも組む相手が居なかったんなら、丁度よかったよな、お互い様だ」


 ソウは広いしょうに寝転がりながらそう言う。シンも笑いながら同意した。


「街では皆一緒くたに育ったけどな。ここでは男女別だぜ、変だよな」


 シンとソウが育った街では、男女の区別なく皆が働いていたし、強い姉御肌の女性もいた。気も強いが腕っぷしも強いと言う女性ひとだった。


うえつ方は、そういう考えなんだろ。お高くとまってさ」


 シンはそう結論づけた。


「それにしても、あのお姐さん——午後は見かけないな」


「同じ講義じゃないんだろ。でも弓道場にもいなかったしな……」


 二人は今日も弓道場を覗いてみたのだった。生憎あいにく、衛士の参岳さんがくを撒くことは出来なかったから、無理を言って見に行ったのだったが、そこにシュンの姿はなかった。


「ま、いいや。明日また会えるだろ」


 ソウは疲れたのか、もう眠そうだ。シンは「そうだな」と答えると、燭台の明かりを消した。


 しばらくするとソウの寝息が聞こえて来る。慣れない環境が余計に疲れさせたのだろう。


 シンもまた疲れてはいるのだが、何だか寝付けない。


 ——きっと思い切り身体を動かしていないからだな。


 少しだけ、と自分に言い聞かせながら、シンは窓辺に近づいた。


 少しだけ身体を動かして、戻ってこよう。


 少年は窓の掛け金を外すと、凝った造りの窓板を開いた。


 冴え冴えとした月明かりが、差し込み、目の前の大きな木を鮮やかに浮かび上がらせた。


 物音を立てないよう気をつけながら、シンはそっとその大木に手を伸ばした。




 つづく



 次回『夜の散歩』

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