第69話 貴方の手が汚れていても
シュンの心からの言葉に、カイは真っ直ぐに向き合えなかった。
「俺の手は汚れている。俺が何をして来たか、知っているだろう」
「いいえ、私が言っているのは、カイ
「俺は正しくなんか無い」
カイは突き放すように言ったが、シュンは食い下がる。認めてくれと言わんばかりに続ける。
「試合の時も、助けてくださいました」
「うるせえな」
ついにカイはそっぽを向いた。
——こういう話は、苦手だ。
彼がケイに助けを求めて目をやると、優美な顎に手を当てて考え込んでいる。
「ケイ?」
「あ、ああ。少しこの先のことを考えていた」
そう言って、ケイはシュンに向き直る。
「シュン、君は君の考える通りにすると良い。ただ、誓いは覚えているな?此処の事を——我々の事を一切他言しないという誓いを」
「はい」
しかし、返事をした後にシュンは
「……好きにして良いのですか?」
「君のその行動は止められまい。だが——」
ケイは表情を消して続けた。
「いつか我々と彼らとを選ぶ日が来た時、君はどちらを取るのだ?」
「あいつ、困った顔をしてたな」
カイが教練校からの帰路でそう言う。ケイは貴族らしい贅を尽くした馬車を嫌い、派手過ぎない、しかしそれでいて上質な馬車を使っている。この中に乗るのはケイとカイのみである。
御者にも声が届かぬこの中で、二人は幾度も内密の話をしてきたものだ。
それこそ王太子への策謀から教練校の些末な争い事まで、情報の共有と対処法とを話し合っていた。
その中で、シュンの話が出るのは珍しかった。
「困っているのはこちらだ。
「娘って、アレを娘扱いするのか?」
カイは笑ったが、ケイはかえって難しい顔をした。
「彼女の中身を見る者はそうは思うまい。だが上辺だけを見ればそうなるのだ」
「どう利用する気かなぁ?」
「……もっと王太子に近づける」
「げっ⁈なんでだよ?」
カイの想像外の答えだったらしく、彼は目を見開いた。
「張家は
「おう、それはわかる」
「太子とお前が入れ替わっても、シュンが側にいて証言すれば良い。『この方は共に教練校で学んだ王太子です』とな」
「それは……なんつーか、本家の思う壺じゃねえか」
「あの娘は自ら周公の思惑の中へ飛び込んでいるのに気がついていない」
「馬鹿だな、アイツ」
カイは苦虫を噛み潰したような顔で、ケイから目を逸らした。
「だが本来の我々の目的からすれば、この上ない方法だ。問題は——」
「アイツが馬鹿正直な奴だって事だな」
ついでに真っ直ぐだ。俺達の事情を知ってさえもなお、突き進んで行く。
「あの王道を歩む姿が羨ましくすらあるな」
ケイは深いため息をついた。己の行く道は影がさしているな、と思わずにはいられなかった。
つづく
次回『男子寮にて』
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