第33話 何家の新年会


 正月の三ヶ日さんがにちを過ぎても祝いの日は七日間続く。


 教練校へ戻るのはその後である。シュンは早くも家でおとなしくしているのにいた。


 そこへ折りよく父が「何家かけに正月の挨拶に行く」と言う。何家かけには花蓮もいる。シュンは父の誘いに乗って何家かけへ向かった。


 何家かけでは盛大な宴会が連日催されていて、正月の客が後を絶たないという風情ふぜいである。常にがくの音が流れていてひっきりなしに酒や馳走ちそうが運ばれ、お祭り騒ぎのようだ。


「シュン!」


 聞き慣れた声が大勢の客の間から飛んで来た。


「花蓮、あけましておめでとう」


「あけましておめでとう。来てくれたのね」


「父について来ただけだよ」


 きらびやかに着飾った花蓮は華やかでとても愛らしかった。そこへシュンの父が割って入る。


「これはこれは、相変わらず可愛かわいらしいですな」


「シュンのお父様。ありがとうございます」


 きゃっきゃっと喜びながら、花蓮は礼を言う。その愛らしい姿を眺めながら、シュンの父がはため息をつく。


「全く。ウチの娘も見習って欲しいものです。正月くらいお洒落したとて良いでしょうに……。なんだってこんなよそおいで……」


 そして嘆かわしげに首を振る。


 シュンは相変わらずの服装であったが、いつもよりは袖がゆったりとした物を着て、上衣も刺繍の多い物を選んでいた。


「す、少しは着飾ってみたのですが?父上」


「そんなのは着飾るとは言わん」


「シュンのお父様、そんな事をおっしゃいますがシュンは学校ではとても慕われていますのよ」


「ほう、誰にです?」


「そうねぇ、女子の下級生かしら」


 シュンの父は盛大にため息をついた。


「嘆かわしい。そのような事のために学校へやったのではなかったのですがな」


 父の嘆きに反拍はんぱくするようにシュンが口をはさむ。


「父上、私はちゃんと武芸のために学校へ行っております」


 すると父は苦虫を噛み潰したような表情をする。


「その他に史学、漢学、算学、法学もな。女役人の道でもあったら、わしだって何も言わんが……」


 シュンが何か言い返そうとしたその時、何家かけの当主・何伯かはくがやって来た。シュンとその父は膝をついて拝礼をする。


 大臣その人は鷹揚おうように笑って、


「いやいや、シュン殿。昨年は非常に助かりましたぞ」


 と夏の終わりの泥棒騒ぎを暗にほのめかすと、シュンの父親は更に苦い顔をした。


「お止め下され。褒められると益々ますますつけあがりますでな」


「何を言う、張令ちょうれい殿。彼女が居なければ我が家の大事な預かり物が盗まれていたかもしれないのだぞ」


「それは、まぁ……」


 そこへ花蓮が無邪気に尋ねる。


「お父様、あの蔵に入っている物は何なの?」


 花蓮の父はその右腕と呼ばれる張令とサッと目を合わせると、誤魔化ごまかすように咳払いを一つした。


「さあ、お前たち二人は宴の席へ行って、好きな物をお食べ。私達は仕事の話もあるからの」


 と、連れ立ってその場を去って行った。


「何よーもう!いつも子供扱いして!」


 花蓮はふくれっ面だ。


 それを取り成すかのようにシュンは花蓮の装いを褒める。


「花蓮はいつも素敵ねえ」


「あらあ!やだ、珍しい!シュンが服に興味を持つなんて。貴女あなてのお父上はあんな事言ったけど、私は今日の服イイと思うわ」


「そ、そうかな?」


 言われ慣れない事を言われて、シュンは照れた。花蓮はニヤニヤ笑っている。


「何?」


「いーえ、何があったのかなあって思っているのよ」


「別に何も……」


「いやいや、いつものシュンならもっとシブい服で来るところだわね。今日は女の子っぽいぞ!」


 シュンは内心ギクっとした。


 意識していなかったのだが花蓮に指摘されると、それが自分の本心ではないかと思ったのだった。




 つづく



 次回『花蓮の妄想』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る