第32話 少年たち


市街から火薬の香りが流れてくる。


元旦にはこの王宮でも新年の儀式と祝賀が行われたが、病をおして玉座に座っていた兄王とは結局何一つ会話をする事は出来ずに終わった。


後で聞けば兄王はそのまま再びとこについてしまったという。


宮殿の屋上に立ち、かすかにけぶる街を眺めながら、シンは傍のソウに


「つまんねーな」


と愚痴っていた。

彼にしてみれば衣食住の心配が無くなったものの、自由がこんなにも奪われるものとは思わなかったのであった。


「毎日、毎日、勉強ばかりじゃな」


ソウも付き合わされるのに飽きていた。唯一楽しめる授業は、身体を動かすことが許される武芸や乗馬である。


少年たちには身体を動かす事が、窮屈な日々の中で知らぬうちに息抜きになっていたのかもしれない。


苦手な勉強を抜け出して、はじめのうちは東風宮内を探索して遊んでいたものの、それも一回りしてしまえば飽きてくる。


それでいて宮の外へは自由には出られない。


シンを護るためだという事であったが、籠の中の鳥ではシンの方も息が詰まってしょうがないのである。


「前の生活の方生きてる感じがしたな」


懐かしそうに市街の上空を眺める。晴れてはいるが風があり、雲の流れが速かった。


皮肉なものである。


飢えや病、大人達からの暴力になかまの死。それらから離れた途端、急に時の流れが緩慢となり自分が自分でないような気がする。このままこの宮の中で、自分は飼い殺しにされる——そんな事さえ思ってしまう。


「あいつらが元気にやっていれば良いけどな」


ソウも空を見上げて言う。


貧民街の子どもらに救いの手を差し伸べるという約束でここへ来たシンにとっては、それは大事なことだ。それを確かめる手段がないのが悔やまれる。


「初めはお前が街とここを出入りできるかと思ってたんだ」


シンはソウが自分の使いとして街と王宮を自由に出入りできるだろうと踏んでいた。が、実際は二人で宮に閉じ込められたような形になってしまった。


何度か抜け出そうとしたが、東風宮の警護は厳しく、何者からか自分たちを護るため以外に、自分たちをここから出さない事を前提に警護されている気すらする。


「でもよ、このまえ史学の先生が言ってたろ。戦に出る王様の話」


ソウがシンを励ますように言う。


「ああいう王様になれば、お前も外へ出られるな」


「いつの話だよ?それに…子どもを連れてってくれるかなぁ」


「ばかだな、シン。今は十二才——もう十三だ。十三でもあと五年すれば十八だ。一人前だ。そん時剣や騎馬が強けりゃ、戦に出て軍を率いる王様になれるさ」


「…ありがとな、ソウ」


シンはそう言うと大きく伸びをした。


三ヶ日さんがにちは授業は無いって言ってたな。ソウ、ちょっと付き合えよ」


そして木剣をソウに渡す。


「ま、待て。オレじゃお前の相手にならねえよ」


「形をやるだけだ。打たないから安心しろ」


祝賀の爆竹の香りが少し二人の郷愁を誘う。それでも前に進むしか無い。少年たちは少しずつ成長するのだ。




つづく



次回『何家かけの新年会』

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