第25話 彼女の理由



「君が男の服装なりで男子の科目を修めようとするのには、何か理由があるのだろうか?よければ聞かせて欲しい」


 そう言われてシュンは慌てた様にうつむいてしまった。


「ケイ、そういう事を聞くなよ。女だてらに男子と同じ事をやろうとするくらいだ。何か言えない様な理由わけかもしれないだろ」


 珍しくカイが他人を庇う。いたたまれない風情ふぜいでシュンがカイをめた。


「カイ兄、違うんです。下らぬ理由なんです」


「なんだよ。言いたくない事だってあるだろ。俺たちは別に無理に聞こうとは思ってねぇよ」


 ケイも同意する様にうなずく。


「そうだよシュン。すまなかった」


「ちがっ…違うんです。本当につまらない理由なんです!」


「…なんだよ?」


「小さい時からこちらの方が得意なんです」





 暫し沈黙が雪洞内に降りる。



「小さい時から、なんだって?」


「幼い頃から剣や棒術の方が、その…楽器とか裁縫とか、そういうものよりも得意だったんです。

 いえ、何というか、女子が学ぶべき物が苦手だと言うか向いてないと言うか。

 読み物も物語より史書とか軍記物の方が好きで…」



 一瞬、洞内の時が止まった。



 の後、笑い声があふれる。

 ひとしきり笑った後、ケイは笑いをこらえる様、つとめたがカイはまだ笑っている。


「お前、そんな理由かよ」


「もう笑わないでくださいっ」


「だってよ、お前が笑わしてんじゃねぇか」


「カイ兄!」


「あー、笑った笑った」


 そう言ってカイはシュンの頭を手の平で「ぽん」とたたいた。


「お前、男だったら良かったな」


「…父にも言われました」


 再びカイが可可かかと大笑する。ケイも微笑を浮かべていた。


「そんなに笑う事ないでしょう?」


 シュンだけが一人むくれている。

 メイはスヤスヤと寝息を立て、その寝顔を目にしたケイが無駄話はこれまでだと言うように声をかける。


「さぁ、寝るか。明日、雪がんでたら下山するぞ」


「はい」


 皆がめいめい目をつむる。カイだけが火の番をする為に起きている。その彼に寄り添いながら感じる暖かさと、昼間の疲労感からシュンはゆっくりと眠りに落ちていった。





 夢を見ていた。

 何か心安らぐ甘い夢であった事は覚えていたが、何の夢であったか、シュンは思い出せなかった。


 ふと寒さを感じて目を覚ましたのである。


 身を起こすと、自分がカイが居たはずの場所を占領して横になっていた事に気がつく。


 雪洞内の火は熾火おきびになっていて既に火勢は無い。


 しかし雪の壁が青白く光を通していて、朝が来た事を告げている。


 その明るさの中ケイとメイが居た方を見ると、そちらもメイが一人横になって寝ていた。




 つづく


 次回『雪山の朝』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る