第20話 崖下へ

 カイが落ちて行った崖下は暗く、吹き付ける雪で下がどうなっているのか見る事は出来なかった。


 ケイは身を乗り出す様にして谷底を見たが、少し先の積雪が崩れて乱れているのがかろうじて見えただけであった。


 ケイの後からユウがやって来た。先程さきほど広場で会話していた青年だ。


「どうした?誰か落ちたのか?」


「ああ、相棒がな」


 ケイはそう言うと自分の雑嚢ざつのうに掛けてあった縄を外してサッと引き伸ばした。


「降りる。皆で持っていてくれ」


 縄の端をユウの組の者に向けて渡す。


「おい、長さが…」


「足りないのは分かっている。軽くなったら縄は引き上げてくれ」


 ユウの組みの皆は顔を見合わせたが、教練校一高名なケイに言われては従わずにいられない。


 ユウも「分かった」と縄を持つ。


 それを見るとケイは崖下へ身を投げ出し、慣れた様にするすると降りて行く。そこから更にユウに向かって声を掛ける。


「ユウ、すまないが教師の誰かに伝えてくれ。晴れたら山を降りると言えば分かるだろう」


「ああ、必ず伝える」


 そして吹き付ける雪にケイの姿が見えなくなり、しばらくくすると、


「……!」


 かすかにケイの声がして、ふっと縄が軽くなった。支えていた皆は急に重さがなくなり、どどっと尻餅をつく。


「すごいな、彼奴あいつ…」


 誰かがつぶやく。ユウは賛同する様にうなずくと、


「全くだ。おい、誰かさっきの広場に行って教師を呼んでこい」





 ケイは縄を手放したが、ただ落ちた訳では無かった。崖は急峻であったが緩い傾斜がついている部分もあり、彼はそこを選びゆっくりと腰で滑るように進んで行った。


 程なくして谷底に着く。山陰やまかげと雪雲の所為せいで大分暗く、陽が落ちればすぐに闇が迫って来るかと思われた。


「カイ!」


 彼は友人の名を呼んだ。

 しかし返事は無い。


何処どこだ⁈カイ!」


 呼び続けながら少しずつ移動する。そう遠くにいるはずが無い。ほぼ同じ所を降りたはずだ。自分で後を追って降りながら、新雪が崩れた跡をいくつか見ていたのだ。あれは三人か落ちた跡であっただろう。


 薄暗い中、雪は益々ますます強くなる。早く見つけなければ三人の痕跡が雪で消されてしまう。


「カイ!」


 何度目かの呼びかけに反応があった。


 気配に近いくらいの小さな反応にケイは気が付いたのだ。


 そばの雪崩のあとの様な雪の塊に、ケイは手を掛けて雪を払い落とす。


 中から人の手が出る。

意志ある手であった。



 つづく


 次回『雪洞』

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