第19話 滑落

 あの夜も顔を隠していたが、何がきっかけで自分の正体に気付かれるか分からない。


(いや、それなら始めっからアイツらに声を掛けなければいい。でも、俺は…)


 強い風が吹いて来て正面から体に当たる。余計な事を考えているとカイでさえ足元を取られそうだった。


 彼は意識を足元に集中させた。



 その少し後ろ。

 カイの背が吹き付ける雪に見え隠れする距離を、何とか保ちながらメイとシュンは必死で彼を追っていた。


 雪が降ってから想像以上に足場が悪い。一度踏み固められた道に新雪がつもり、知らずにそこを踏むと足を取られる。視界も良くないし、時折荒れ狂う風に体を揺さぶられる感じがある。


 何処どこかに掴まる事が出来れば歩き易いが、麓とは違いその様なものも無い岩と土の山肌があるばかりだ。


 不意にカイの背が視界から消えた。


 道が曲がりくねっていた為、岩陰に入って見えなくなっただけであったが、メイは見失ったかと思い、つい足を速めた。


「あッ」


 メイの足が山道を踏み外し、小さな体が崖側の何も無い空間に投げ出される。


 咄嗟とっさに真後ろにいたシュンがメイの手を掴む。


ねえさん!」


「メイ!」


 メイの手を掴んだシュンだが、彼女も体勢を崩し山道に倒れこんだ。そのまま落ちそうになる。


 いや半ば引きずられる形で崖の外に滑り始める。


「カイけい……!」


 反射的にカイの名を呼ぶ。


 その声は先を行くカイの耳に風の中、かすかに届いた。


 彼は振り返って、居るはずの二人が居ない事に気がつく。


(ケイは…?居ないのか⁈)


 ひとっ飛びに元来た道を引き返す。


 曲がり道を一つ戻ると、其処には自分の方へ手を伸ばしながら崖下へと落ち行くシュンとメイの姿があった。




「…っ!!」


 シュンが必死に伸ばした手を、自分の手が掴むのを感じ、カイは間に合ったと安堵した。しかし二人分の体重が一気に掛かってくる。


 一瞬の判断でシュンと同じく道に伏せる事にしたが、やはり少しずつ下へ下へと滑り行くのを体が感じ取っていた。


「カイけい!」


「おう。どっちの手も離すなよ」


 シュンの叫びに応えながらも、この体勢では二人を引き上げられない。其処そこへ——。


「カイ⁉︎」


 ケイだ。


ようやく来たか」


 ケイが足元を取られながら駆けてくるのが見える。が、しかし間に合わない。


 山肌を滑り降りる方をカイは選んだ。


「ケイ!心配するなよ!降りるだけだ」


 そう言うと、カイは自ら山道を飛び出した。


「カイ——!」


 ケイの叫び声を耳にしながら、黒衣の青年はシュンとメイの二人を抱えると積雪を崩す様に崖下へと落ちて行った。



 つづく


 次回『崖下へ』


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