第16話 力強き腕を

 足手纏あしでまといになる——。


 その思いが更にシュンを焦らせる。

 せっかく声をかけてくれた二人に迷惑をかけまいとする焦りが、返って体力を奪って行くような気がした。


 だが、これが本当の戦であれば置いて行かれるだけである。


 長い邪魔なじょうも、武器と思えば捨て行く事も出来まい。戦時の山越えは史学にも出てくる兵法である。


 シュンはそう考え、黙ってついて行く。


 と、左手に持っていたじょうが道の上に張り出していた枝に引っかかって、彼女は後ろにりそうになった。


(まずい…!)


 倒れる、と思った時——。


 強い力で引っ張られ、体の位置が元に戻される。


「気をつけろ。自分の武器の届く範囲を忘れるなよ」


 カイに腕をつかまれていた。


「あ、ありがとうございます」


「いや、俺が早く進みすぎたんだ。お前とガキの間が開いちまったな」


 シュンが振り返ると、曲がり道の向こうからようやくメイが顔を出した所である。


「あと少しで道が広くなっている所がある。そこで休むぞ」


「はい」


 カイが言った場所は数人が腰を下ろして休めるくらいの場所であったが、そこへ着くなりメイは腰を下ろしてしまった。だいぶ体力を使ったのだろう。


「大丈夫か?…カイ、もう少しゆっくり進め」


「わかってはいるけどよ。ケイ、あれを見ろ」


白兄はくけい』と『墨兄ぼくけい』は疲れる様子もなく話をしている。それに驚くとともに、シュンとメイは一息つける事にほっとして体を寄せて座っていた。


「なんだ?」


 ケイはカイが指す方を見た。彼は少し先の離れた山の上空を指していた。


 そこには暗い色の雲がかかっていた。


 出発時には晴れていたが、いつの間にか辺りの空は雲に覆われている。


「なるほど。これは天気が崩れるな」


「だろ?ようやく三分の一進んだとこだ。残り三分のニ。雪が降る前にあの二人を連れてさっさと登れるか?」


じょうを捨てさせよう。メイ、シュン、じょうを手放しなさい」


 ケイが声を掛けると、メイは休息場所の隅にある樹々に立て掛けるように杖を置いた。


 しかし、シュンは躊躇ちゅうちょしている。


「どうした?」


 カイが問うと、シュンはじょうをぎゅっと握りしめて、


「私は持って参ります」


「なんだと?」


 カイが目をつり上げる。その目を見ながらシュンは再び答える。


「これを手放したら、私は参加した意味がありません」


「お前なぁ、さっきすっ転びそうになっただろうが」


「二度と致しません」


「お前…時間がないんだよ。我儘わがまま言うな」


 カイが怒り出すとみたか、ケイが割って入る。


「シュン、聞き分けなさい。初参加で最初から上手く行かない事だってある。来年成功させれば良い」


 するとシュンは首を横に振った。


「私に来年は有りません」



 つづく


 次回『己の魂を』

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