第12話 張家の娘

「慌てなくて良い。この学校にいるならすぐ調べられる。あれだけ目立つんだ。明日には報告が来る」


「俺は姿を見られたんだよ!」


「顔は隠していただろう?普段でもお前は半分顔を隠しているんだ。向こうはこちらの事は気付かないさ」


 カイはケイと二人だけでいる時を除いて黒布で顔の下半分を覆って隠している。


 表向きは傷跡を隠しているとか、呼吸を鍛えているとか、さも少年少女が喜びそうな噂が流布るふしているが、本当のところはいずれケイの元で別の仕事をするためである。


 その為にカイは学友の顔や名前や身分を覚えながら、自分の素顔は覚えられぬよう隠しているのであった。


「たかだか一瞬目があっただけで、それが誰だか分かるわけ無いだろう」


 ケイにそう言われ、カイは不貞腐ふてくされたように、


「何者か知りたいだけだ」


 とだけ言った。


「では直ぐに手配しよう」


 そう言い残してケイは回廊を降りる階段へ向かって行った。




 翌日、ケイの元には例の少女についての報告が配下の者から上がっていた。


 通学の為の馬車の中でケイは目つきの悪いカイに向かってそれを伝えた。


張家ちょうけの令嬢だそうだ。長女、弟が一人」


張家ちょうけ?…あの大貴族の?」


「まあまあの貴族だな」


「お前からしたらそうだろうよ」


 張家ちょうけは現王を支えている一派で、カイが忍び込んだ何家かけとも仲が深い。


「なんだってあんな服装なりで男に混じって武芸なぞやってるんだ?」


 カイの質問にケイは首を振って、


「そこまでは分かるわけないだろう。ただ入学時より武芸の科を多くとっているな。ほぼ全ての授業に出ている」


「へえ、物好きだな」


 馬鹿にしたようにカイは言う。ケイは更に続けた。


「年明けに十五になるようだ」


 書付かきつけを読みながらそう言う。


「適齢期だな。ケイ、お前貰ってやれよ」


「要らない。好みじゃない」


「え?あ、ああ、そうだな」


 カイは揶揄やゆしたつもりだったが、素直に返されてやや戸惑った。その戸惑いの中に何故か内心ほっとしたものが有ったが、それが何かは分からなかった。


 ケイは怪訝けげんそうにカイを見ている。


 見られてカイは慌てたように言葉を継いだ。


「んで、どう対処するんだ?」


「…今の所は何とも言えないな。利用できれば良いが、そうでなければ考える、というところか」


「ふうん」


 様子を見たい、というのがケイの考えである。何家かけと繋がりのある点を利用できれば良いが、今の所どう扱ったものか考えが無い。


「向こうがお前に気付かなければ別段構うこともない」





 何事もなく時は過ぎ、秋から冬に変わる。紫珠しじゅの教練校近くの洸籠山こうろうさんの頂上は白いものに覆われ始めていた。


 何事もなくとは言うものの、この間折にふれカイはシュンの様子を観察していた。


 彼が見たところ、シュンは当たりさわりなく人付き合いをしているようである。男子の授業に出ている割には女学生の友人もそれなりに居ると見える。特に例の何家かけの娘とは仲が良く、女子寮では同室である事がわかった。


 何家かけ張家ちょうけの令嬢ともいえば、わざわざ寮なぞに入らなくても良さそうなものであるが、彼女のしている事を思えば親に隠しておきたい部分もあるだろう。良妻賢母をうたった学校で武術に勤しんでいる事は黙っているに違いない。


 何家かけの友人はそれを面白がっていると思われた。


 女子の下級生には慕われている様であるが、同学年の中では変わった子と見られている様である。


(そりゃ変わっているよな)


 ケイの配下の者が時折報告してくるシュンの情報を耳にして、カイはそう思った。


 知れば知るほど変わっているとしか思えない。だが男女問わず下級生の面倒をみていたり、武術の基礎を教えていたりしているのを見ると、その人柄がわかる様な気がした。


(とは言え結局、お嬢様の気まぐれなんだろ)


 十五になれば女子はここを学科終了という形で出なければならない。十五を待たずに嫁入りが決まって早めに出る者もいるが…。



 年が明ければ春にはもういなくなる。



 他の娘達と同じ様に何処どこかへ嫁いで行くのだろう。


 と、不意にカイは自分があの少女を気にかけている気がして馬鹿らしくなった。


 側にあった自分の剣を手に取ると鍛錬の為外に出た。外には白いものがちらつき、平地にも冬が来ている事を知らせる。


 その中で一人、カイは剣を振るのであった。



 つづく


 次回『雪山行軍』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る