第10話 城壁の上

 カイとケイは新しく立てられた王太子の噂を、教練校の外壁——万が一にも攻められぬよう城郭の作りとなっている——の上で散歩しながら語っていた。石造りの外壁の上は防壁と通路が巡らされていて密談にはちょうど良い。ついでに高さがあるので眺めも良い。


「そういや何かわかったか?」


 カイの質問は、例の何家かけの蔵の前にいた少女の事を指していた。ケイの方もわかっているようで、


「取り敢えず何家かけの令嬢の方はわかった。この学校に在籍している」


「へぇ、宮女でも目指してるのかね」


「年齢的にもありそうだな。ここを出れば良家との縁談もまとまりやすかろう」


「他にわかったことは?」


「無い」


「へ?」


 カイが驚いたように聞き返す。


「そんなことは無いだろう?何家かけの使用人にでも金を積めば、誰が居たかくらい喋る奴がいるだろう」


 ケイは残念そうに首を振った。


「あの後、何家かけの警備が厳しくなったのはわかっているな。同様に使用人達も箝口令かんこうれいでも出たのか、誰も付け入る隙がない」


「ちぇっ、しくじったな。蔵に手を出しにくくなったか」


「何、いずれ緩んでくるさ」


 城壁の上は心地よい風が吹いて来る。漆黒の髪を風に任せたまま、カイはあの時のことを思い出す。


(アイツはわざと隙を作りやがった。俺の太刀筋を一つに絞るために…)


 闇に浮かんだほの白い姿が目に焼き付いて離れない。


(一体誰だったんだあれは——)


 そして自分の剣を受けたあの一合。


 カイがその事を考えていると、この高みから見下ろす学内の広場に武術訓練場から出てきた下級生の一団が目に入った。


 何気なくそれを見ているカイであったが、不意に目を見開いた。


「カイ?」


 カイの様子の変化を感じ取り、ケイが声を掛ける。当のカイは城壁から身を乗り出すようにして下級生達を見ている。


「落ちるぞ」


 ケイはそう言いながら、カイが落ちた所で怪我ひとつしないであろうとも思っていた。カイの身体能力はかなり高いのである。


「…いた」


「何が?」


 ケイもカイの視線を追う。


 訓練場から出てきたのは自分達よりも二つ三つ年下の訓練生の一団で、棒術の稽古をしていたらしく皆それぞれ長いじょうを持っていた。


 訓練生は緑や紺、或いは金茶色の道着を身につけているが、ただ一人、朱鷺とき色の上着を身に付けた者がいた。最後に訓練場から出て来て、道場の戸を閉めた人物である。


 遠目に少し茶色がかった長い髪を少しだけ結い、後は下ろしている。その小柄な姿は妙に目に付いた。


 戸を閉めると背筋を伸ばして歩く。その姿態も優美さをたたえている。


 少年たちに混じったその少女は、間違いなくあの夜の少女であった。



 つづく


 次回『男装の少女』

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