第8話 兄の想い

 シンに対して忌憚きたんなく話す男に、彼はいくらか好感を持った。ほんの僅かではあったが、それはシンに聞く耳を持たせる事となった。


 命の危険がある——。


 それはそうであろう。王太子ともなればそれに敵対する者が自然と生まれる事は想像にかたくない。

 半分しか王の血を受けていないシンにとって変わろうとする者はいるだろう。


「俺と変わりたい奴がいるなら、初めからそいつにやらせりゃ良いじゃないか」


「いいえ、他の者では駄目なのです」


「駄目?」


「王の親族、有力な貴族の中の血筋の者、適任を探しましたがショウ王が納得されませぬ」


 シンは思いっきり呆れた声を上げた。


「はぁ?そりゃ王様の我儘わがままだろ?」


何家かけの』と呼ばれた男は彼の呆れ声にも動じる事はなく、あくまで落ち着いた声音で続けた。


我儘わがままではございません」


「じゃあ何だよ?」


「……現在の王は王位に就いてからの十三年、まつりごとにのみ力を注いで参りました」


「?それが王様の仕事じゃないか。民を導くまつごとだ」


 シンは人差し指で男の鼻面はなづらに弧を描くようにして揶揄からかった。


「確かに歴代の王の中にはそうではない者もおりました。所謂いわゆる民の事を気に掛けぬ暗愚な王という者が」


 シンとソウは顔を見合わせた。貴族が王の事を非難するとは思わなかったのだ。


「民の事に興味を持たぬ者、贅沢をするだけの者…その様な方々も居りました。このショウ国の歴史の中でも…残念な事ですがな」


「今の王様は違うって言うのか?」


「は。幼くして王位に就かれたため周りの者が支え導いて参りましたが、まこと御自身のなさる事と言えば書を読まれるくらいでございます。…病弱故、お気持ちがそちらに向いたのでしょうな」


 少し感情がこもった言葉にシンは押し黙った。


「話を戻しましょう。今の王宮にはその様に国の事を考えて王位に就こうという方が皆無なのです」


「ま、待てよ。王様に子がいない事も分かったし、丁度いいいい奴も居ないって事も分かったけど、それでいてなんで俺なんだ?俺こそ何もない子どもだし、頭も悪いし、こんな暮らし…盗みをしながら暮らしているんだぞ」


「それでも、あなたの兄君は望まれております。自分より年若い子ども達をこの街で苦しまぬよう護っているあなた様を」


 それが突然現れた兄がシンに望むものであると理解した時、彼の心は大きく動いたのだった。



 つづく


 次回『紫珠の教練校』

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